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03
――マザー・カノンの前から去ったロクロは、自宅へと戻っていた。
彼は慌てて金銭になりそうなものを手にし、必要なものを荷物にまとめて外へと出た。
外は深夜に近い時間だというのに、多くの人たちが歩いていた。
いや、正確にはアンドロイドと人間の男女たちだ。
新たに造られた安眠装置により、より短い時間で効率よく睡眠を得られるようになった現代では、朝も夜も関係なく人間たちは遊んでいる。
そして、当然アンドロイドに睡眠は必要ない。
仕事は、基本的にすべて機械任せであり、人間の身で手に職を得ている者は、余程、優秀な者だった。
いわば、時間を気にせずに遊んでいる者たちは、精子や卵子を代価に国から生活費をもらっている人間たちだ。
そんな浮かれた者たちを横目に、ロクロはそこらを走っていた車に手を振って止める。
彼は自動運転車のタクシーの運転席に乗り込むと、声をかけてくる人工知能AIを無視して、車のタッチパネルを操作し始めた。
《なにをしているのですか? あなたがしていることは犯罪です。すぐにでも特別公務員が来ますよ》
「僕がその特別公務員だよ! いいから黙ってろ! この車は僕がもらう!」
ロクロは、人工知能AIの電源を切ると、マニュアルに切り替えて発進。
スピード違反など気にせずに速度を上げて、とある集合住宅へとたどり着いた。
「おい、僕だ。早く開けろ、開けてくれ!」
声を荒げて、一階にあった部屋のドアをノックするロクロ。
しばらくすると、中から彼と同じ年齢くらいの女が出てくる。
「こんな時間になんなの?」
ロクロは、不機嫌そうに出てきた女に説明をした。
マザー・カノンがアス国と戦争すると決めたこと――。
そして、もうすぐジヤ国が核爆弾によって破壊されることを伝え、すぐにでも国を出ないと命がないと――だから、自分と他の国へ逃げるのだと、彼女の手を掴みながら言った。
「触らないで!」
だが、女は拒否した。
彼女はロクロの手を払うと、恨めしそうに言葉を続けた。
マザー・カノンに言われて自分と別れたくせに、立場が悪くなればマザーをも裏切るのか?
あなたにとって恋人も親同然の人工知能AIも、その程度のものなのかと、まるで汚物でも見るような目でロクロに言った。
「そんな男に、一体誰がついていくって言うのよ!」
「僕と来なければ死ぬんだぞ!? それでもいいのか!?」
「ふん。どうせマザー・カノンやアス国のAIが戦うことを選んだのなら、人間なんて生き残れないわよ。わかったらさっさと消えて。せいぜい一人寂しく逃げてちょうだい」
女の言葉に、ロクロは何も言い返せないまま、その場から立ち去った。
勝手にしろと悪態をつきながらも、彼女の顔を見ることさえできていなかった。
――それからロクロは、盗んだ車で港まで移動し、船を奪って海を渡った。
ジヤ国に一番近い国――コミューニー国のある大陸へとだ。
とりあえずそこまで行けば安全だろうと、ロクロは特別公務員に支給される宇宙服に着替え、船に乗せた車で移動していた。
核兵器が使われれば、辺りは放射能で汚染される。
使用前にコミューニー国へたどり着ければいいが――。
ロクロが慣れない宇宙服に動きにくさを感じながらそう思っていると、つけっぱなしにしていたネットラジオから臨時のニュースが聞こえてきた。
《ジヤ国とアス国が世界から消滅しました。繰り返します。ジヤ国とアス国が消滅しました》
車のスピーカーから聞こえるAIパーソナリティーの声――それはコミューニー国からの放送だった。
ロクロは、思っていたよりも遅かったなと耳を傾けていると、突然、凄まじい轟音が鳴り響いた。
車体が激しく震え、一体何があったのかと車を飛び出した彼の目に、信じられない光景が映る。
「う、嘘だろ……?」
目の前には、大きなキノコ雲があった。
ロクロはすぐに理解した。
マザー・カノンか、またはキャピタル・ブラザーが、コミューニー国にも核爆弾を発射したのだ。
ロクロは慌てて車に戻ると、他国のネットラジオが放送している番組を探した。
車に内蔵されているタッチパネルを宙に出すと、ともかく片っ端からチャンネルを合わせた。
だが、どれもザーザーという砂嵐の音しか聞こえてこない。
ロクロはまたすぐに理解した。
二体の統治AIは、世界中の国に核兵器を使用したのだと。
自分たちの国が消滅し、他の国が残ることを良しとしないという答えが、計算から導き出されたのだろう。
あくまで想像でしかないとはいっても、身を寄せるはずだったコミューニー国は、故郷や敵国と同じように消滅してしまった。
他の国へ行こうにも、盗んだ車の燃料は残りわずかで、なによりも当然こんなときに航空機も船も出てやしない。
「くそっ! 好きな物も食わずに好きなこともやらずに、好きだった女とだって別れたのに……今までずっと言うことを聞いてきて、これがその終わりかよ!? 反人工知能団体の連中が正しかったってのか!? AIに頼らなきゃよかったってのか!? そんな……そんなこと無理に決まってるだろうが!」
ロクロは、まだ消えずに残っているキノコ雲に向って声を張り上げていた。
それはおそらく彼の人生の中で、生まれて初めて感情をむき出しにした言葉だった。
怒りと悲しみ、そして後悔と罪の告白を感じさせる――悲痛な叫びだった。
だが、応えてくれるのは遠くから舞ってくる爆風だけで、返事などもちろんなかった。
その後ロクロは、キノコ雲が消えたコミューニー国のある方角へと進んだ。
もしかしたら核シェルターがあって、誰か生存者がいるかもしれないと、彼は思ったのだ。
コミューニー国を統治している人工知能AIが、核爆弾を撃ち込まれたことに気がついた可能性は十分に考えられる。
「……誰か、誰かいないのか!? もしいるなら返事をしてくれ!」
だが数日間、生存者を探し続けたロクロだったが、人間はおろかネズミ一匹見つけることはなかった。
核爆弾が発射され、そこら中が放射能で汚染された状態だ。
生物などとても生きてはいられない。
そして、ついに水も食料も尽きてしまい、ロクロは宇宙服を着たまま倒れてしまう。
《ここは……どこだ……?》
気がつくと、ロクロは水の中にいた。
正確には水槽のようなカプセルの中におり、口には呼吸をするための器機が付けられていた。
目を開けて、周囲を見回したロクロ。
薄暗い室内には、彼が入っているカプセルがいくつも並んでおり、その中には様々な動物や植物が眠るように入っている。
「目が覚めたのですね」
状況がわからないロクロの前に、何かが現れた。
それは、足のないまるでこけしのようなロボットで、どうやらそのロボがロクロをここへ連れてきたようだった。
「ワタシはエレクミント。亡きマスターの意志を継いで、この地球を再生させるために造られました」
それから、エレクミントと名乗った旧型のロボットは、さらに説明をした。
ジヤ国とアス国が発射した核爆弾により、地球の生き物はそのほとんどが死に絶えてしまった。
だが、ロクロのように生き残った生物もおり、エレクミントはそれらを数年間かけて回収、治療して現在に至る。
《じゃあ、僕以外にも人間はいるんだな?》
「はい。幸運なことに、男性と女性を一人ずつ手に入れることができました。他の生物と違って、非常に数は少ないですが、なんとか再生することは可能でしょう」
ロクロは、エレクミントの話を聞いて安堵した。
自分の他にも生存者がいたこと――そして、それが女性だということに、嬉しさまで感じていた。
この旧型のロボットは、きっと名のある科学者が核戦争後のことを考えて造っておいたのだろう。
そのおかげで、こうやって生き残ることができた。
これ以上望むことがあるとすれば、それはエレクミントと共に、この崩壊した地球を再生させることだ。
《なあ、エレクミント。僕にも君の仕事を手伝わせてくれ》
「ありがとうございます。では、早速手伝ってもらいますね」
《ああ、とりあえずここから出して……うぐっ!?》
一体何が起きたのか。
ロクロの体がゆっくりと崩壊し始めた。
手足からカプセル内の水に溶けていき、なぜか言葉すら口にできなくなる。
《あなたが最後のピースでした。ワタシは、あなたの細胞や遺伝子を使って、人間を作ります》
エレクミントは、また説明を始めた。
その話によると、どうやらエレクミントはこの施設に集めた生物を使って、地球を再生させるようだった。
薄れていく意識の中、ロクロの耳にAIの声が聞こえてくる。
「さようなら、最後の人間よ。あなたのすべてが、これからの人類に使われます」
〈了〉
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