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大勢の人間が連行されている。 彼ら彼女らを捕らえたのは、四足歩行型の機械――ポリス·ドックの群れ。 犬の形態を模しており、カメラによる監視、死体の清掃、犯罪者の追跡、捕獲など、遂行業務は多岐にわたる。 つまりは、この国――ジヤ国の警察犬である。 ポリス·ドックの群れは、捕まえた者たちをある建物へと連れて行った。 そこは、特別公務員たちがいる警察署。 ポリス·ドックから通信を受けた男が、出入り口で待ち構えており、冷たい声で言う。 「全員、施設へ送れ。偉大なるマザー·カノンの教えを、二度と忘れぬように再教育するのだ」 男から指示が出されると、警察署の前に、マイクロバスベースの中型人員輸送車がやってきた。 運転手の姿は見えないが扉は勝手に開き、エンジンがかかったまま捕らえられた男女の前に停まる。 ポリス·ドックは吠え、彼ら彼女らを人員輸送車に乗るように促した。 それから捕らわれた者たちは、俯きながらも車両へと乗り込み、数匹のポリス·ドックと共に警察署の前から去っていった。 男は、その様子を満足そうに眺めると、首の左側にある音符のアザのようなものに触れる。 「こちらの処分は完了しました。はい。すぐにマザーのもとへ向かいます」 彼の名は、日野元(ひのもと)ロクロ。 ジヤ国の特別公務員の一人で、ジヤ国を統治しているAI(人工知能)――マザー·カノンの選んだ精子と卵子から生まれた青年。 ロクロは、生まれてからずっとマザー·カノンの言われるがまま生きてきた。 彼は、マザー·カノンによって秩序の維持を目的に作られたようで、幼い頃から英才教育を受けて育てられていた。 現在このジヤ国は、ロクロを含めた数人の特別公務員とマザー·カノンによって、完全な管理体制で運営されている。 先ほど捕らえられた者たちは、そんな体制に異を唱える団体だった。 その団体は、人間の未来をAIに任せるなというスローガンを掲げており、マザー·カノンが国を統治するようになってからは、消えては現れ、消えて現れを繰り返している。 正直いってロクロからすれば、害虫や町にたまに現れるカラスの群れと変わらない存在だ。 「だが、それでもマザーは連中を見捨てない……」 ロクロは連絡を終えた後、車で移動していた。 彼はハンドルもアクセルも操作していないが、車は先ほどの人員輸送車と同じように勝手に目的地へと向かっている。 車に乗り込む前と同じように、ロクロが首の左側にある音符のアザに触れると、目の前にタッチパネルが現れた。 空中に浮かんだスクリーンを操作してインターネットへとつなぎ、今夜のニュースを眺め始める。 ロクロが使用しているのはナノ·タトゥー。 これは体内に入れられたコンピューターのことで、電話、インターネット観覧などができるモバイルオペレーティングシステムを備えた、刺青型の通信機器である。 ナノ·タトゥーは、ジヤ国だけではなく世界中の共通のアイテムであり、持ち主の身分を証明するものにもなっている。 入れる場所や文様、文字、絵柄は、個人の自由に選べ、また手術によって変えることも可能。 ロクロは、まだ物心つく前からマザー·カノンに言われ、首に音符のタトゥーを入れ、そのまま使っている。 ――車が停まり、ロクロはスクリーンを消して後部座席から降りた。 目の前には、ジヤ国の象徴というべきカノン·タワーがそびえ立っている。 辺りには、郵便ポストのような外観をした複数の警備ドローンが徘徊しており、ロクロはそれの間を通ってタワーへと入っていく。 受付には、顔の整った女と(ほお)の肉がたっぷりした男が話をしていた。 「戻ったのか、ロクロ。聞いてくれよ。実は俺たち結婚するんだ。マザーの許可も出てる」 頬がたるんだ男は、ロクロを見つけると声をかけてきた。 笑って口角が上がっているというのに、その笑顔の両端は肉が垂れたままだった。 一方で顔の整った女は、ロクロを見て深く頭を下げている。 「そいつはおめでとう。式をやるようなら呼んでくれ」 ロクロは適当にお祝いの言葉を口にすると、二人の前から去って側にあったエレベーターへと乗り込んだ。 目的地は、もちろんマザー·カノンが待つ最上階だ。 エレベーターの重力を感じながら、ロクロはクスッと笑みを浮かべる。 「なにが結婚だ……。相手はセクサロイドじゃないか……」 セクサロイドとは、性交渉機能に特化して作られたアンドロイドのことだ。 同僚と思われる男が妻にしようとしている女は、実は人ではなく人工知能を持ったロボットだと、ロクロにはすぐにわかったようだ。 しかし彼は鼻で笑っているが、この時代でAI搭載のロボットと結婚することは、なにも特別なことではなかった。 すべてはとある企業が開発した、人工知能を使ったチャットサービスから始まった。 それでもコンピューターに頼ることに嫌悪感を持った年寄りが多くいたが、彼ら彼女らは亡くなる頃には、残った若者たちはさらにAIを進化させた。 その結果、人と変わらない受け答えができる人工知能を持ち、さらに人工皮膚を使うことで全く人間と同じ容姿や外観となったアンドロイドが販売されるようになった。 その後、世界中の人々はやがてマザー·カノンのような国を統治する人工知能AIを造り、現在に至る。 以前に政府が考えていた、少子化対策で使われるはずだった人工授精の技術――体外受精も役に立った。 この技術のおかげで法律は変えられ、人は高齢者同士、同性同士でも子を作れ、相手が人ではなくても結婚が可能になった。 まさにコンピューター万歳といえる。 「特別公務員、日野元ロクロが入ります」 ロクロはエレベーターから降りると、緩んだ顔を引きしめて目の前に見える扉に声をかけた。
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