<前編>

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「もっと丁寧に書いてくれって思うわよねー。あたしも入った時は全然読めなくて苦労したわ。大丈夫、元木さんもそのうちわかるようになるわよ。こういうのは慣れだから」 「は、はい!頑張ります!」  村田さんは、多分新人教育なんかも任される立場だったのだろう。正確に言えば彼女も契約社員ではあるのだが、長年務めているだけあってチーフや課長からの信頼も厚いようすだったのである。  だからだろうか。私が座るように言われた席は、村田さんの隣となったのだった。 「分からないことがあったら、何でも訊いてね」  村田さんはニコニコ笑顔で言ってくれた。 「困った時はお互い様だもの!若い子が来てくれて本当に嬉しいの。一緒に頑張りましょ!」 「はい!ありがとうございます!」  入力業務もそれ以外も、手探りなことが多すぎる。前の職場での経験もあり、“わからないことをわからないままにしておくのは非常にマズイ”、“しつこくても、わからないことがあったら先輩たちに話を聞いて回る方がいい”と学んでいた私。困った時、すぐに質問に答えてくれそうな人がそばにいるというのは本当に有り難いと感じたのだった。  実際、村田さんはとても親切にしてくれた。 「最後のチェックだけど、番号のきりのいいところで一度遡ってみるといいわよ」 「テンキーの入力に慣れるといいかも。貴女の家のパソコンにはなかったかもしれないけど、使いこなせるようになるとめっちゃ早くなるからね!」 「ああ、トイレに立つときなんだけど、札の数字はあまり気にしないで。女性だもの、いつも五分で戻れるとは限らないでしょ?」  彼女のアドバイスは的確で、それ故私もかなり頼らせてもらったものである。私が少し細かな質問をしても、彼女はけして嫌がらなかった。  むしろ嬉しそうに様々なことを教えてくれたのだった。 「なんだか可愛い娘が増えたみたい!嬉しいわ〜!あ、お昼一緒にどう?ここの食堂美味しいわよ」 「あ、行きます!ありがとうございます!」  年配の女性達は優しいし、けして怖い存在ではない。そこまで緊張して接することもないのだと、私は順調に進む仕事の中で思っていたのだ。  そうこの時はそう思えていたのである。
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