嫉妬

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嫉妬

「安倍さん」 小学部と中等部の連絡通路で、 星彩は先輩に呼び止められた。 「酒田先輩、こんにちは。」 星彩の1年先輩に当たる中等部の1年生だ。 「安倍さん、バレエもピアノもコーラス部も辞めたんですって?本当?」 「はい…そうです。 他のお稽古事の時間を増やしたので。」 「なんで? バレエの国際コンクール出場も辞退したんですってね。 あなた、私を馬鹿にしてるの?」 「そんなつもりはありません。」 「私が小学部に居たときは、コンクールなんか出なかったクセに、 私が中等部に行ったら出るのね。 1位になって自慢したかったわけ? 私が2位だったから。」 「違います。 私は、自分が本当にやりたいことを確かめるためにコンクールに出ただけです。 酒田先輩とは、何も関係ありません。」 「コーラス部だって、あんなに目をかけてずっと一緒にやって来たのに…」 「それは…ご相談もせず辞めて、 申し訳ありませんでした。」 「コンクール1位を捨てるほどのお稽古事って、一体何を始めたわけ?」 「それは、先輩にお話ししないといけないことでしょうか?」 「私とは、そんなことまで話すほど親しくはないってことね。分かったわ。 じゃ、せいぜいお稽古頑張ってね。」 「星彩ちゃん、大丈夫? 酒田先輩、小学部の時は優しかったのに…。あんな良い方、酷いよ…」 「酒田先輩、バレリーナ目指して頑張ってるから、私がコンクールで優勝したのに辞めたから気に入らないんだよね、きっと。」 「だって、目指す処が違うんだから、仕方ないじゃん。」 「去年、先輩がコンクールに出た頃は、私は、ただ楽しくてバレエやってただけだったから、その頃の私しか先輩知らないから。 今年、コンクールに出るために特訓したの、たぶん知らないんだよ。 遊びでやってる私は、目障りじゃないから可愛がってくれたんでしょ。 それが、急にコンクールに出て優勝したから、悔しかったんじゃないのかな。 一生懸命やってバレリーナ目指してる自分が、遊び半分の子に負けるはずがないって。」 「でもさ、先輩の気持ちも分からなくないけど、なんか、淋しいね。 自分より下の時は可愛がってたのに、自分より出来るようになったら罵るなんてさ。 私は、そんなに人に自慢出来るような事ってないけど、後輩が自分より上手くなったり、優勝したりとかしたら、素直に喜べる人でいたいな。」 「そこが、友里子ちゃんの凄いとこだよ。 良いことはいいって、素直に認めて褒めたり喜んだり出来るところ。 私だって、他の人のこと嫉妬したり、悔しいと思ったり、素直になれない時、あるもん。」 「星彩ちゃんでもあるんだ?」 「そりゃ、あるよ。 普通の人間だもん。 お父さん、いないでしょ、私。 お母さんや叔母さんやおばあちゃんやお兄ちゃんがいるけど、 だから、普段は淋しいとか思ってないけど、 お父さんに抱っこされた小さな子とか見た時、お父さんってどんな感じなのかなとか、羨ましいなって思ったりするよ。 私、お父さんに抱かれた記憶ないからさ。 顔も写真でしか知らないからさ…。」 「皆さ、外見で判断しちゃうんだよね。きっと。 星彩ちゃんは可愛いし、お母さんもお父さんも有名人でお金持ちだし、幸せに決まってるって。 でもさ、幸せって、何か持ってるとかじゃなくて、なんか違うよね。 上手く言えないけど。」 「うん、友里子ちゃんの言いたいことなんとなくわかる。 お金持ちとか美人とか、何か持ってるとかそんなことが幸せかどうかの基準だったら、例えば、私のお父さんは不幸だったことになるでしょ。 病気で若い時に死んじゃって。 でも、お父さんの写真、笑っている顔ばっかりなの。小さい時とかうんと若い時のは知らないけど、お母さんと一緒に写ってるのは、みんな笑ってるの。凄く幸せそうに。 友里子ちゃん、ありがとう。 凹んでた気持、少し元気出た。」 「そお?私は、何にもしてないけど。」 「先輩はさ、きっと今辛いんだよね。自分が頑張ってきた道が閉ざされてしまうんじゃないかって。 だから、私に当たってしまったんだと思う。 友里子ちゃん、私もしかしたら、中等部に進まないで別の学校に行くかもしれない。 もし、そうなっても、友だちでいてくれる?」 「そりゃ、もちろん、友だちだよ。 でも、どうして?」 「うちの学校って、お嬢さん学校でしょ、どちらかというと。 家柄が古くて良いお家のお嬢さんとか、社長の娘とか役人の偉い人の娘とか、そんな人が多いじゃない?」 「まぁ、そうね。古い学校だし。」 「だから、元々私は、異端児なんだよね。ここでは。 ただ、お母さんが普通の生活をさせたいからここに入れてくれたんだけど。 友里子ちゃんだけに言うけど、私華苑に入ろうと思ってるの。その受験スクールへ通うために、習い事も部活も辞めたの。 でも、芸能界に進むのを、学校はたぶん喜ばないのよね。 だから、私は、受験に集中したいから、 今日みたいな酒田先輩みたいな嫌がらせなんかで気持を乱したくないから、学校変わるかもしれない。淋しいけど。」 「星彩ちゃん、本気になれる道を見つけたんだね。」 「そうなの。やっと見つけたの。 だから、頑張りたいんだ。」 「分かったわ。もし、そうなっても、星彩ちゃんとは友だちだし、応援する。」 「ありがとう。 あ、午後の授業始まるね。行こう!」
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