お兄ちゃんじゃなくなった日

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飲んだり食べたりして、本を読んで時間を潰していると、おばあちゃんから電話が来た。 「お母さんたちも帰ってきたから、 帰っておいで。 星彩ちゃんもだいぶ落ちついたから。」というので、家に戻った。 「ただいま~」とドアを開けると、 玄関に星彩が手をついて座っていた。 「お兄ちゃん、さっきは酷いことたくさん言ってごめんなさい。 全部悪いのは私で、お兄ちゃんは何も悪くないのに、大嫌いなんて言ってごめんなさい。 お願いだから、星彩のこと、嫌いにならないで…、 もう、あんなこと、2度としないから…」 「分かった。 分かったから、もう泣くな。 部屋に入ろう。」 健が星彩の手を取り立ち上がらせ、 ソファに座らせた。 「ご飯たべた?」「うん、食べた。」 「俺に、他に話したいことがあるなら聞くし、言いたくないなら、聞かない。どうする?」 「怒らない?」 「それは、聞いてみないと。 でも、さっきみたいな、人を罵ったり酷いことはもう言わないんだろう? だったら、怒らないよ。」 「凄くわがままなことでも?」 「わがままなお願いなら、聞けるかどうかは分からない。けれど、わがままな話を聞くだけならいいよ。 星彩は、普段いい子過ぎるんだよ。 もうちょっとわがままでもいいんじゃない?」 「じゃあ、聞いて。 お兄ちゃんは今度高校3年でしょ。 受験だよね。 ひょっとしたら、家から通う大学じゃなくて、遠くへ行くかもしれないでしょ?」 「そうだな。今はそのつもりはないけど、ゼロではないな。」 「だよね。 私は、今度中学生になる。 卒業したら、華苑音楽学校を受ける。 必ず入れるように頑張る。 でも、そうしたら、関西の寮に入るし、 歌劇団に入っても1年の半分以上東京にはいないことになるよね。」 「そうだね。 東京公演の時だけ来る感じかな。」 「だから、ずっと会えなくなってしまうけど、大学とかで恋人が出来ても、星彩の事忘れないでいて欲しいし、 応援して欲しいの。」 「ち、ちょっと待った! ずっと会えなくても、星彩の事はもちろん応援するよ。家族じゃないか。 星彩が悩んでるなら悩みを聞くし、 落ち込んでたら励ますよ。 当然じゃんか。 それと、俺の恋人云々は関係なくね?」 「そうなの? だって、本当の家族じゃないから…、恋人ができたら、その人の方が大切でしょ。 大切にしないと、嫌われちゃうよ。」 「星彩、俺の未来の恋人のことまで心配してくれてありがとう。 だけど、先のことは分からないけど、今、俺にとって大切なのは、母さんと血は繋がってなくても、育ててくれたおばあちゃんだし、一緒に育った星彩もそうだし、もうひとりのお母さんのようなお父さんのようなひかるさんだよ。 血は繋がってなくても、家族。 俺は、そう思ってるよ。 だから、もし、星彩が大人になって、誰かを好きになって、結婚したいと言って、相手の男を連れてきたら、 『一発殴らせろ』って言うかもしれない。」 「えっ?どおいうこと?」 「星彩ちゃん、今のはね健なりの愛の告白だよ。そのくらい、星彩ちゃんのことを大切に想っているということ。 分かってあげて。」 「余計な解説はしなくていいよ… 母さん。 俺が言っておきたかったから、言っただけだから。 分からなくてもいい、今は。 とにかく、この先、離れて暮らすようになっても、星彩は、俺にとって大切な人だし、これまでと何も変わらないから、安心して自分のやると決めたことをぶれずに頑張れ。 そういう、真っ直ぐな星彩が俺は大好きなんだから。いい?落ちついたか?」 「うん、ありがとう。もう、大丈夫。」 「じゃ、もう寝な。 明日も学校もレッスンもあるだろ。 しっかり寝ないと身体持たないぞ。」 「はい。おばあちゃん、おばさん、 お母さん、お休みなさい。 お兄ちゃん、お休みなさい。」 「お休み。」 「健君、ありがとう。」 「いえ、僕のせいで、星彩を混乱させてしまってスミマセン、ひかるさん。」 「お義母さんは、星彩から話は聞いたの?」 「いいえ、おばあちゃんが聞いても仕方がないから、私は、ご飯を食べさせただけですよ。 しっかり食べてしっかり寝れば、 若い時はなんとかなるでしょ。 話を聞く人は私でなくてもいいんだし。 だから、ひかるさんの部屋に行って3人で話してきてちょうだい。 星彩ちゃんは、私が見てるから。 お母さんは、子どものことをちゃんと知っておいた方が良いわよ。」 「ありがとうございます。 健君、園ちゃん、私の部屋に来てもらってもいい?」 星彩を休ませるため、3人は部屋を移して話始めた。 「健君は、お腹空いてない? ご飯食べたの?」 「一応ファミレスで。」 「私たちまだだから、申し訳ないけど、食べながらさせてもらうね。 良かったら、健君も少しつまめば。 星彩の相手して、エネルギー消費したでしょ。」 「じゃ、いただきます。」 テーブルに弁当や惣菜おにぎり、 サンドイッチが並べられおのおの食べながら話すことにした。 「健、きっかけは何だったの?」 「俺の推測も入ってるんだけど、 星彩の1年先輩が、星彩に嫉妬して嫌がらせをしたんだと思う。 帰り道、歩いていたら後ろから足音がしてきて『あぁ、星彩も今帰りか』と思ってたんだ。 あいつの足音、分かるからさ。」 (分かるんだ! でも、そこは突っ込まないでおこう) 「それで?」 「そしたら、俺を待ち伏せしていたみたいに、その先輩が現れて、 俺にチョコと手紙を渡そうとしたんだ。 星彩に見られたらマズいと思って、 受け取れないからといって行こうとしたら、星彩が来るのを分かってるみたいに俺を引き留めて、 手紙だけでも受け取って欲しいとか、学校祭の時から好きだったとか、 どうして受け取ってくれないのかとか、とにかくしつこいんだ。 だから、好きな人がいるとか付き合ってるとか関係なく、もう高3で受験だからそんな余裕ないんで、と言ったらやっと諦めて帰ったんだけど。 俺とその先輩が押し問答してるの、 星彩影に隠れてたぶん全部聞いてた。その事を分かってて、その先輩は俺を引き留めてたんだと思う。 ちょっと前に、その先輩に学校で、 バレエとか部活とか辞めたことを咎められたらしいんだ。 その人、去年のコンクールで2位で、バレリーナ目指してるらしくて、 1位になったのに辞めるなんて自分を馬鹿にしてるのかって、そんなことがあったらしい。 だから、嫌がらせをしたかったんだよ、たぶん。 それで、星彩が、裏からマンションに入ろうとしたから、追い掛けたんだ。誤解を解いておかなきゃと思って。 でも、もう星彩は混乱してて、話せる状況じゃなくて、 『ご飯いらないから、お母さんと寝るっておばあちゃんに言って』なんて口走るからさ、つい、怒ってしまって。スミマセン。」 「手を上げたんだ、星彩ちゃんに。」 「ほんと、スミマセン。」 「ううん、ありがとう。 健君しかいないよ。 そんなに星彩のためにしてくれる人。 星彩より健君の方が痛かったでしょ。私がやるべきことよね、親なんだから。 で、なんて言ったの?」 「食べないのなら、家に帰って自分で言えって。それが、ご飯を作って待ってくれてるおばあちゃんへの礼儀だし、 普通の星彩ならそうするだろうって。 そうしたら、やっと落ちついてくれて。」 「そうか…星彩は気付いたんだね。 健君はお兄ちゃんとしてじゃなくて、 男の人として好きなんだって。 自分がレッスンに夢中でも、 華苑に行っても、 健君は自分だけを見ていてくれるはずだって、なんとなくそう思い込んでたんでしょ。 でも、そうじゃない、他の人に取られちゃうかもしれないんだって気付いてパニックになったんだね。」 「あ~、親子だね~。 なんか、似たような話を聞いた? 見た?記憶が…」 「えっ?なに?そんなことあった?」 「あら、ひかるちゃんお忘れ? 流星さんが交通事故に遇ったニュース見て気絶して、引退報道が流れたら、華苑を辞める!と騒いだ人がいたような…」 「あ、いたたた…私でした。」 「一途なところがね~、そっくり。 親子だね。」 「ひかるさん、そんなことがあったんですか。」 「恥ずかしながら…」 「もう、大変だったんだよ。 ちょうど、身長が伸びて娘役が無理になってきて、男役に転向するか悩んでた時期と重なってたからね。 もう、流星さんと会えない、共演も出来ないって、人生終わる・地球破滅みたいな大騒ぎ。」 「それは、さすがに言い過ぎでは…?」 「いや、そのくらいの勢いだった。 そうか、健みたいにほっぺた“パシン”してやれば良かったのか。」 「親子二代に渡って、園田様にはご迷惑をお掛けして、頭が上がりません。」 「ひかるさん、この際だからっていうのも変なんですけど、俺の正直な気持話しておきたいんで。 俺は、星彩のこと、もう妹として扱うことは出来ません。 だから、さっき“好きな人”を連れてきたら一発殴らせろって言いましたけど、訂正します。 『星彩は、俺以外の男に渡すつもりはないから手を出すな』って、追い返します。 でも、今の俺は、まだそれを言う資格も力もないから、星彩に相応しい人間になるよう努力します。 星彩が華苑目指して頑張るなら、 俺は、自分の道を見つけられるよう、今は受験に集中します。 だから、星彩の送り迎えとか、面倒見ることは出来なくなるかもだけど、 スミマセン。」 「ううん、今までが健君とおばあちゃんに頼りすぎてたの。 星彩も中学生になるし、自分のことは自分でやって、自分で守ることも学ばないとね。 おばあちゃんも、買い物とか大変になってきてるから、家事のヘルパーさんを週に2,3回来てもらうようにする。」 「そうだね。健の弁当から掃除、洗濯、ご飯の支度、育児まで、主婦の仕事全部お任せだったものね。 お陰で、ひかるちゃんも私も仕事に全力投球できたんだから、これからは、 おばあちゃんにも、少し休んでもらえるようにしないとね。」
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