華苑受験

1/3

6人が本棚に入れています
本棚に追加
/88ページ

華苑受験

小学部を卒業すると、星彩は中等部に内部進学せず、地元の公立中学校に入学した。 別の私立中学校を受験する事も考えたが、準備期間がないこと、華苑受験のレッスンに集中したいこと、家族との時間を確保すること等を考えて、その結論に至った。 しかし、実際にその公立中学校に通うわけではなく、在籍して定期テストは受けに行くが、授業や行事には参加せずネットの教材で自学自習するというスタイルにした。 そして、ひかると次の約束をした。 ・英検の準1級まで取得する ・勉強の手を抜かない。10番以下になったら華苑受験はしない ・ヘルパーさんが来る火、木は、ヘルパーさんと共におばあちゃんの指示で家事をする ・火、木以外の日、ひかるが東京及び近郊での仕事の場合は、一緒に行動する(楽屋等で学習)か、又は代官山のTSUTAYAで自習する。 ・受験スクールの模擬試験でトップを維持する かなり厳しい内容だが、星彩が華苑歌劇団を目指すと決めた以上、これくらい高いハードルを越える覚悟が必要とひかるは考えた。 これまで星彩は、善意の人に温かく囲まれて育った。父が居ない代わりに、おばあちゃん、園田親子、ひかるにたくさんの愛情を注がれてきた。 けれども、これからは厳しい競争を生き抜いていかなければならない。 そして、おそらく星彩はトップクラスで合格するであろうから、年上の同期生を率いる立場に立つ可能性が高かった。 同年代の付き合いでさえ、難しくこじれることもある。年上の同期生、年上の下級生と上手くやっていくのは尚更だ。 歌劇団に入れば、抜擢されて上級生より上の立場で演じるようになることもある。 そういう難しい人間関係にも対処しながら、技術も磨いていかなければならない。 もちろん、様々な役を演じる上でも、最終的には“人間性”がポイントになる。内面が空っぽでは、深みのある演技は出来ない。 だから、色んな年代の人と交わること、様々な本をたくさん読んでおくことが、レッスンと共に星彩には必要だと思ったのだ。 一方、健も受験勉強に集中する時期に入った。いつか、星彩のマネジメントができる人間になるために、まず経済学部で経営学を学ぶ事を目指した。 都内の一流国立大学を目指した。 高校の授業の後は、予備校の自習室で夜まで学ぶ日々だった。 健の選んだ予備校は、授業形式ではなく、個別の自学自習タイプの予備校だ。 個人の目標、進度に合わせて講師に相談しながら、参考書や問題集を選び自学自習するのだ。 こうして、健と星彩は、それぞれの目標に向かって、同じ家に住みながらほとんど顔を見る時間もないほど充実した日々を過ごしていた。 ひかるの忙しさも相変わらずで、春のファンクラブイベント、秋のライブツアー、クリスマスディナーショーは定番で毎年行われていたが、その間に、舞台、声優、各種イベント参加など、 2年先ぐらいまでびっしりとスケジュールが組まれているほどだった。 だから、都内での仕事の時は、なるべく星彩を伴った。一緒にいられる時間は少なくなってきていた。 ただ、楽屋等で星彩は勉強しているだけだが、僅かな休憩時間や昼ご飯を共に食べる時間に交わす何気ない会話を大切にしたかった。 ライブやショーのリハの時には、星彩も一緒に身体を動かすこともあった。 その頃、香はもう独立してミュージカルに出たりアーティストして活躍していたので、今度は星彩が振付のサポートをするようになっていった。 若いだけあって、星彩は振り覚えが早かった。 一緒に踊って覚えたり、動画を取ったりひかるの仕事を手伝った。 それで、星彩は、母がどれほどの努力を積み重ねて今があるのかを初めて知ることになった。 母のひかるは確かに振り覚えが悪く、 納得いくまで時間がかかるタイプだった。 細かいところでも、自分が納得行かないと、何度も検討して修正していく。 リハの手伝いをしている時、園田に声をかけられた。 「星彩ちゃん、久しぶりにひかるについて歩いてみてどお?驚いた?」 「はい。小さい頃は、周りで遊んでいただけで気付きませんでしたけど。」 「ひかるちゃんは、華苑の頃からあんな感じよ。とにかく努力、努力の人。器用じゃないけど、妥協と言う言葉を知らないのかなと思うくらい。 だから、出来上がりのPVとかだけ観てる人は、サラッとこなしてるんだろうと思ってるかもしれないけれど、そこに到達するまでどのくらい時間がかかっているか、気が遠くなるよ。 ひかるちゃんの人柄があるから、みんな着いてくけど、普通ここまでやらないんじゃないかな。ま、他の人と仕事したことかないから、知らんけどな。」
/88ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加