抜擢

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抜擢

星彩が本科生になり半年、 芸名を決めなければならない時期になった。 「お母さん、前からずっと思っていたんだけど、 お母さんの芸名をもらってもいい?」 「えっ?ひょつとして、 “七杜ひかり”?」 「まぁ、同じ芸名の人はいないはずだから、ダメではないけど、どうして?」 「お母さんは、本当は娘役になりたかったんでしょ。 “七杜ひかり”は、その幻の芸名。 お父さんとの共演の時何度か名乗ったけど、それきりまた幻になった。 お母さんの夢を代わりに叶えるともちがうんだけど、 幻に終わらせたくないなぁって、 “七杜ひかり”という名前を残したくて。華苑の歴史に。」 「そう、そんな風に思ってくれてたのね。なんか嬉しい。 私にとって夢の芸名だし、 大切な名前だから。 流星さんの隣に立つために付けるはずだった芸名だから。 いいよ。 お父さんもきっと喜んでくれる。」 こんなやりとりがあり、 星彩の芸名は “七杜ひかり”に決まった。 文化祭でヒロインをつとめ、 首席入団を果たした。 初舞台では、 真ん中で挨拶の口上もつとめた。 「初舞台、おめでとう。 研一のラインダンスは、いいね。 元気があって、ぴちぴちして、かわいい。 あの頃が思い出されるね~、ひかる。懐かしいな~」 「う、うん。」 「あれ?なに?なんなの、その歯切れの悪い返事。」 「なんでも…。懐かしい…けど、…」 「ひかるちゃんは、苦い思い出も色々あったみたいだしね~。 思い出したくない?」 「そんなことはないけど、わかってるのに聞くかな~、この悪友め。 私の話は、いいの! 今日は星彩の “七杜ひかり”の初舞台のお祝いに来たんだから。 一番年下で、委員長で大変だったろうけど、やり切ったね。口上も立派だった。おめでとう。 ね、組長さんたちに挨拶に行きたいから、幹部部屋に案内して。」 コンコン 「七杜ひかりです。 母がご挨拶したいと来ているのですが、お邪魔してよろしいでしょうか?」 「どうぞ~ ひかる~、お久しぶり。 ご活躍は拝見してます。」 「組長さん、 この度は、娘の七杜ひかりがお世話になります。よろしくお願いします。」 「なに、固い挨拶して、 組長さんはなしね。 同期なんだからさ。 っていうか、ひかるが先にとっとと辞めるからこうなったのよ。 ひかるが同期では、最後までいると思ったのに。」 「そうなの?園ちゃん?」 「そういう説もあったかな。 ひかるは、男役に賭けてたからね。 組長になるか、専科に行くかと思われてたかもね。同期の中では。」 「それは、大変申し訳ありませんでした。 その上、今度は娘でお世話になります。こんなんでも、一応親なんで。」 「ひかりちゃんはね、頑張り屋だし、ちゃんと同期のフォローも出来るし、全然心配ありません。ご安心召され。初舞台終わったら、うちの組に欲しいくらいだわ。 あ、ひかりちゃん、知らなかったか?私と園ちゃんとひかるは同期なの。 一緒にラインダンスして足上げしてた仲間。 あ、峰さん、ひかりちゃんのお母さんが挨拶に来てるから紹介するね。 こちらが、副組長の峰さん。 こちらが、ひかりちゃんのお母さんの七杜ひかる。そして、マネージャーの園田慶子。私たち同期なのよ。」 「娘がお世話になります。」 「峰です。こちらこそ、よろしくお願いします。 私、ひかるさんが現役の頃ファンでした。(今も実はファンクラブ会員です)」 「それは、どうもありがとうございます。では、失礼します。」 「17年も経つと、後輩ばっかりだね。今、桜組の組長してる葉山が、最後の同期かな。 じゃあ、今日はもう帰るね。 千秋楽に来られたらまた来るから、 頑張って。」 「うん、今日は来てくれてありがとう。」と見送ろうとすると、 「ひかりちゃん、ゴメン。あの… お母さんに挨拶させて貰えるかな。」と3人の先輩に呼び止められた。 「ひかりの先輩の方ですか。 娘がお世話になります。」 「初めまして。今回、ラインダンスのサポート担当したものです。」 「先輩だけど、受験スクールの時から一緒に頑張ってきた仲間だったの。」 「ひかるさんのファンで、ひかるさんのようなカッコイイ男役を目指してます。 握手していただいていいですか?」 「もちろん。頑張ってね。じゃ、失礼。」 「ありがとうございました。 ひかるさん、カッコイイ~。 うちの母と同じくらいの歳なんだろうけど、綺麗ね~。 ね、ひかりちゃん、お母さんは、家でもあんな感じなの?」 「そんなことないです。 今のは、完全に男役スイッチ入ってましたから。 オフの時は、のんびりしてもっとゆるっとしてますよ。」 こうして、ひかりの初舞台は無事終わり、その後葵組に配属となった。
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