抜擢

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組配属後初めての舞台の稽古が始まる集合日。 配役が発表されたが、ひかりはなんといきなりエトワールに抜擢された。 エトワールは歌が上手い上級生が担当することが多く、研一が抜擢されることは非常に珍しいケースだった。 芝居とレビューの役は小さい役だったが、 エトワールは、最後のパレードで大階段でスポットライトを浴びてソロを歌う、娘役の1つの目標なのだ。 稽古が始まると、芝居とレビューの稽古に加えて、エトワールとしての特訓が加わった。 研一は、稽古場の準備や片づけ、先輩のサポートもあり、てんてこ舞いの忙しさになった。 公演が始まると、研一でエトワールをつとめる“七杜ひかり”の名は一気に知れ渡ることになった。 「ひかりちゃん凄いね~。 でも、研一で、まだ右も左もよく分からないのに、大変だろうね。」 「よく頑張ってるよ。 私なんか、研一の時は、まだ、雑用ばかりでのんびりしてたもん。 成績良くなかったからね。 だから、時間があって、運転免許取りに行けたりしたんだから。」 「そうだよね。大きめの役が付いたりしたら、そんな時間なくなるもんね。」 しかし、ひかりの抜擢は、これで終わらなかった。 その次の公演では、新人公演のヒロインに決まった。 新人公演で役や台詞がつくと、本役の稽古の後に、新人公演の稽古をしなけらばならない。 台詞を二役分覚えなければならないのだ。 ひかりは、ますます忙しい身となった。 新人公演は、研7までの生徒だけで、本公演の芝居部分だけをほぼそのまま公演するもので、将来のスター候補の登竜門といえた。 新人公演で、主役・ヒロインを多く務めた者が、将来トップスター・娘役になることが多い。 歌劇団が“七杜ひかり”を売り出そうとしていることは明らかになってきた。 初めてのヒロインをなんとかつとめあげたひかり。 息継ぐ間もない抜擢で、健と連絡を取る暇もないほどだった。 健は、ひかりがエトワールをつとめた公演も新人公演のヒロインも観劇に足を運んでいたが、忙しいであろうと思い、連絡はせず、楽屋にも顔を出さなかった。 それぞれの初日に、白い薔薇の小さな花束だけをお祝いに贈った。 そして、新人公演のヒロインをつとめた公演が東京での大千秋楽を迎えた。 大阪に戻る前の短いオフに、久しぶりに実家に戻った。 「ただいま~!」 「星彩、お帰りなさい。お疲れ様。」 「おばあちゃ~ん。会いたかったよ~」と流星の母に抱きついて甘えるひかり。 「あらあら、家に帰ったら、ずいぶん甘えたさんだこと。」ひかりの髪を撫でながら、ひかりが毎日どれほどの重圧と闘っているのだろうと、祖母は思うのだった。 「今日も皆遅いのかな?」 「ひかるちゃんは、なるべく早く帰るとは言ってたけど。 健君は、今日は出張で京都だわ。 すれ違いだったわね。」 「そうなんだ。残念。」 「でも、健君、会社を辞めるみたいよ。 詳しくは分からないんだけど、社長さんが、そろそろ引退したいって言ってるようよ。 だいぶ、お歳になったしね。」 「会社どうするんだろう?」 「さぁ、私には難しいことは分からないから。」 「ちょっと休んできてもいい?」 「部屋はそのままにしてあるから、 少し横になっておいで。」 「はーい。」 星彩の部屋は、中学生の時のまま、 いつでも帰れるように掃除してくれてある。 ベットに潜り込んで、入団からの慌ただしい日々を思い出しているうちに、眠ってしまったようだ。 小一時間寝たのだろうか、玄関から賑やかな声がした。ひかるたちが帰ってきたようだ。 「おばさ~ん、お母さん、ただ今。」 「お帰り。無事大千秋楽おめでとう。お疲れ様。」 「ありがとうございます。」 「お腹空いたけど、取りあえずシャワー浴びてくる。先始めてても良いよ。」 「お母さんも、相変わらず忙しいみたいですね。」 「お蔭様で、仕事を受けきれなくて断るくらいよ。 そういえば、おばあちゃんが、社長さんが引退されるとか言ってましたけど…」 「そうなんだよね~。 それも、ちょっと頭の痛い問題… でもないんだけどね。 私が腹を括ればいいだけで。 要は、私に社長を引き継ぎたいと。 顧問として残ってくれるけど。 そういうこと。 いずれは、健に社長をやらせるにしても、やっぱりある程度業界の事を知ったり、人脈を作るためにマネージャーを経験した方が良いから。 だから、春くらいには、会社辞めて、ひかるちゃんの専属マネージャーをやってもらうことになる。私は社長業の修行に入ります。 交渉ごとは、苦手なんだけどね、そうも言ってられない。香ちゃんもいるし、新しいOGが入るっていうはなしもあるし。責任重大だわ。 星彩ちゃんも初ヒロイン頑張ったね。本役と新公と両方だから、大変だったでしょ。」 「まぁ、結構。頑張りました。」 「皆通る道だし、そうやって力を付けてく時期だから。まだ、若いしね!」
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