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その時
「ひかりさん」と扇 涼に呼び止められた。
「今帰るところ?
もし、良かったらお茶でもしない?」
「あ、はい。母はこれから仕事なので、今見送ったところでした。
お忙しいんじゃありませんか?」
「うん、まぁ、たぶん午後から忙しくなるんだろうから、今のうちかなと思って。何か予定あった?」
「いいえ、家に戻って荷物の整理でもしようかなと思ってただけで。」
「じゃ、移動しようか。
この辺りだと目立つし。」
とタクシーを停めた。
「どこか行きたい処ある?」
「もし、良ければ代官山のTSUTAYAに。」
「代官山の?そう。
じゃあ、そうしよう。
代官山までお願いします。」
「今日は、急なことで驚いたでしょ。
でも、受けてくれて、ありがとう。
これからよろしくね。」
「こちらこそ、ご迷惑お掛けしないように一生懸命やらせていただきます。
少し驚きましたけど、でも、私より母の方がオロオロしてたみたいです。
私は、まだその重大さがピンときてなくて、割とのんびりなんです。」
「そうなんだ。ちょっと意外ね。
でも、そのぐらいの方が良いのかも。色々聞こえてくるかもしれないけど、そんなことには負けないで、頑張ろうね。」
「はい、よろしくお願いします。」
そんな話をしているうちに、代官山に着いた。
「2回にラウンジがあるので、
そこだとゆっくり出来るんですよ。」
「じゃ、上に行こうか。」
「扇さん、飲み物何になさいますか?」
「色々あるのね。自分で選びたいから、私も一緒に行くよ。
どうしよう…アールグレイのホットで。」
「私は、ロイヤルミルクティーのホットでお願いします。
サンドイッチとかパスタとか軽食もあるんですよ。
もし、朝抜きだったら、何か召し上がったら如何ですか?」
「実はね、そうなの。朝時間なくて。
サンドイッチをもらっていこうかな。」
それぞれ、飲み物と食べ物を選んで座席に着いた。
「ひかりさんは、ここによく来るの?」
「中学生の頃は、週3位で来てました。
私、中学校へは行ってないんです。
近所の公立中に在籍していただけで、定期テストを受ける以外は、授業に出てないんですよ。
小6の後半から受験スクールに入って、華苑に入るって決めたんです。
そうしたら、家族と過ごせる時間がもう限られてるからその時間を大事にしようって母と相談して、おばあちゃんと家事をしたり、母の仕事先に付いていったり、後の日はここに来て自学自習してたんです。オンラインの教材で。
で、夕方からは、毎日受験スクールに通ってました。
華苑に入ったら、色んな年代の人と付き合っていかなければならないからとそういう意味もあって。」
「そうなのね。あの、ゴメンね。
ひかりさんのこと、少し調べさせてもらいました。相手役になる人のこと、知っておきたくて。」
「何か気になることとかありましたか?」
「何にも苦労も知らずに育った、良いところのお嬢さん育ちかと思っていたんだけど、
結構色々乗り越えてきたんだなって、感心した。」
「そんなことないです。
私、父のことを知らないので、母にもおばあちゃんにも甘やかされて育ったので、ちょっと世間知らずというか、鈍感なのかもしれません。」
「でも、ご両親とも有名人だと、色々大変なこともあったでしょう?」
「周りの人に恵まれてきたせいか、
余りそう感じたことは、ないです。」
「お母さんに華苑を勧められたりはしなかったの?」
「母は、普通に育って欲しかったみたいで、むしろ、あまり触れさせないようにしていたくらいです。
ただ、母の仕事先の楽屋とか稽古場に幼い頃からついて行っていて、そこが遊び場だったので、遊びの延長で芸事には親しんできました。
母の真似をしたくて、バレエとかお芝居の稽古とか遊びでやってました。
ですから、本気になれるものを探そうと思って、小6の時初めてコンクールに出て、華苑を観劇して、華苑に入るって決めたんです。
それからは、華苑一筋です。」
「そうか。
華苑に目覚めたのは、意外と遅いのね。
その、小6の時出たコンクールで優勝したんでしょ。
なぜ、そっちに進まなかったの?」
「それまで、好きだから、ただそれだけでやってたんです。でも、私が本気になれる物、夢中になれる物って何だろうって、それを確かめたくてコンクールに出たんです。結果は優勝でしたけど、バレエじゃないって気が付いたので、お稽古は辞めました。」
「それで、先輩に嫌がらせされたのね。」
「そんなことまで、ご存じなんですね。」
「ちょつとした伝があってね。
ふふふ。気にしないで。」
「私は、悪気はなかったんですが、
本気でバレエに取り組んでいる人からしたら、失礼なことをしてしまったのかな、と反省しました。」
「でも、それは違うんじゃない?
どんなつもりであろうが、ひかりさんだって真面目に取り組んだ結果でしょ。
目的は、人それぞれだもの。
それは、嫌がらせをした人がひかりさんに嫉妬しただけよ。
ひかりさんが、反省したり、後悔する事なんかない、と私は思う。」
「こんな事お聞きして良いか、失礼かもしれませんが、扇さんでも、嫉妬したことありますか?」
「あるある。私なんか、嫉妬だらけよ。
同期に役が付けば嫉妬し、
下級生の方が台詞が多かったり、
良い場面をもらえば嫉妬し…
でも、結局自分が力を付けるしかないんだと、頑張ってきたわけ。
でも、実力や人気があっても番手が上がらない時もあるし、トップなれないことの方が多い。
運もあるし、相手役との出会いもある。でも、その運を引き寄せるのも努力何じゃないかな。
私も、悔しい時期が長かったけど、
今になれば無駄ではなかったと思う。ひかりさんとも出会えたしね。
ひかりちゃん、やばいなぁ…」
「えっ?どうされたんですか?」
「ひかりちゃんに、かなりやられたかもしれない…
そんな、キラキラした瞳で見詰められたら、イチコロになるよ。
ヤバいわ。かわいすぎる。」
「なんか、恥ずかしいです。
今、私も…
母のファンの方の気持ち少し分かった気がします。
扇さんが女性と分かっていても、
素敵でお話ししながらドキドキしました。」
「おっ、ほんと?
それ、男役にとっては、褒め言葉。
娘役さんに惚れられてなんぼの世界だもの。
ひかりちゃんのお母さんの伝説聞いてるわよ。組の娘役全員口説き落とした話。
ひかるさんが男役スイッチ入れると凄いんだろうな。」
「私は娘なんで、今までは客観的に見られたのでよく分かってなかったんですけど、今、分かった気がします。」
「ひかりちゃん、かわいい。大好き!」
「扇さん、恥ずかしいです…。」
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