俺の推しは“妹”

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俺の推しは“妹”

新トップコンビのお披露目公演の演目は、 『エリザベート』に決定した。 言わずと知れた大作・名作で、 娘役ならば皆が憧れる作品だ。 海外ミュージカルなので、 制作費も多額になるため、 大きな賭でもあった。 エンドロールのエリザベートが歌う場面も多く難曲も多い。 娘役の歌唱力・演技力も作品の成否に大きく関わってくる作品だった。 主役級以外にも重要な役も多いので、 専科からの応援も入ることになるであろう。 星彩は、作品が決定してから、 “エリザベート”の事を調べたり、 なぜ、放浪の人生を送ったのか、 その心情を考えていた。 ただの嫁姑問題でもない。 なぜ、美にこだわったのか。 子どもを自分で育てたいと言いながら、 結局子どもを置いて放浪の旅に出たのはなぜか? “死”は、解決だったのか 彼女は“死”であるトートを愛したのか 分からないことが沢山あった。 歌を覚えることに問題はなかった。 難しい曲も、 繰り返し練習する事でクリアできると思った。 しかし、台詞が言えても、歌が歌えても、 その人物の心情に迫ることが出来なければ、ただ美しいだけで中身のない器のような芝居になってしまうだろう。 ひかりは、完全に行き詰まっていた。 稽古が進み、頑張れば頑張るほど、 空回りしているように思えた。 しかし、扇涼は、あえて自分から手を差し伸べず、ひかりがどうするか見ていた。 あるいは、少しヒントを与えたりすれば、勘の良いひかりはすぐ突破口を見つけるのかもしれない。 その方が手っ取り早かったかもしれないし、他の相手だったら、たぶんそうしたであろう。 でも、なんとか苦しくても、自分で糸口を見つけて欲しかった。 それが出来そうにないのなら、 ひかりの方から相談しに来るのを辛抱強く待っていた。 「扇君、ひかりちゃんを、どうする? 悪くはない。けれど、ひかりちゃんらしさが出てないし、芯が定まってないから、 その度ぶれる感じがあるだろう? 分かってると思うけど。」と演出家から言われた。 「申し訳ないですが、もう少し待ってやって貰えませんか? 彼女なら、必ずこの壁を越えられるはずですから。」 「分かった。相手役の扇君に任せよう。」 星彩は、その夜母のひかるに電話をした。行き詰まっていることを相談するわけでなく、ただ声が聞きたかった。 「もしもし、お母さん? 今、電話大丈夫?」 「うん、大丈夫よ。どしたの、珍しいね。星彩から電話するなんて。」 「ただ、声が聞きたくて。」 「そう…、お稽古楽しい? エリザベートをやれるなんて、 星彩は、運が良いね。」 「そうなの?」 「そうだよ。娘役は特にエリザベートに憧れるけど、男役でも、一度はやってみたい演目だと思ってる人結構いるよ。 母さんの後輩でも、現役の時出来なくて、OGになってから、ガラコンサートにやっと出られることになって、 楽譜もらった時泣いてたもんね。彼女。 夢が叶った~って。」 「そうなんだ。そんな作品に出られるなんて、それだけで幸せなことなんだね。」 「そうよ~。だから、まず、シシイ(エリザベート)を好きになって、稽古を楽しんでちょうだい。一生のうち、一度出来るかどうかの大作だもの。 困った時は、扇さんという頼もしい旦那様がいらっしゃるんだから、何でも相談すればいいのよ。 昔、流星さんに言われたな~ 『お前、誰と芝居してるの?ひとりでやるな』って。」 「お父さんに?」 「そりゃ、お母さんの演劇の先生だったからね。」 「あ、そうか。」 「細かいことをあれこれ言ったり、 技術的なことはあまり教えない先生だったけど、行き詰まってると、 サクッと、ぽろっと一言言って いなくなるみたいな、 そんな先生だったな。 まぁ、私が頑固で細かいことを言っても聞かないっていうのもあったけどね。」 「ふふ、なんか、想像すると、面白い。 お父さんのことは、覚えてないけど、 そういう話を聞くとなんとなく分かるというか、想像できちゃう。 面白い。」 「なにしろ、流星さんも先生になりたてで若かったし、私も相当頑固だったし、演出家の先生と喧嘩したこともあったなぁ。」 「かあさん、凄い。」 「演技に関しては、好きな分こだわりも強くて、演出家の先生の言うこと聞かなくてね。困ってたんじゃない? それで、『安倍先生の言うことなら聞くかもしれないから』って頼まれたらしい。 でも、『あいつは、芝居に関しては俺が言っても聞きませんよ。 自分が納得しなきゃ。ま、余り期待しないで』って、それで、サラッとね。 でも、あれは、効いたな。 芝居が変わったと思う。 芝居ってさ、相手あっての芝居じゃない? 自分の考えややりたいことがあっても、 相手とかみ合わなきゃどうしようもないんだよね。 待ちすぎてもダメだけど、相手をよく見てその上で自分を表現する。でしょ。 扇さんという人がどういう人か、 よく知って、扇さんをまず大好きになりなさい。」 「ありがとう。お母さん。 明日から、楽しんでお稽古するね。 おやすみなさい。」
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