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翌日
今日は、扇さんは、どんな服装で来るかしら?とまず考えた。
そろそろ、稽古も後半に入ってきたから、
トート閣下らしくシックに決めてくるかも。
そしたら、私も少し色味を抑えた服装にしてみようかな。
今日から、扇さんをしっかり見ていこうと決めていた。真似をするとか寄り添うだけじゃなくて、まずよく見て知って、自分がどう合わせていくか考えていこうと思っていた。
早めに部屋を出て稽古場へ向かう。
今日は、一番乗りかな?
着替えて、身体をほぐし始めた。
そのうち、三々五々人が入ってきた。
「おはようございます!」
扇涼もやってきた。
予想通りのややシックな装い。
「扇さん、おはようございます。
今日も、よろしくお願いします。」
「今日は、ちょっと落ちついた色の稽古着にしたんだね。良い表情してる。よろしくね。」
稽古が始まった。
扇の演技・歌をひとつも逃さないつもりで、見詰めた。
すると、死神トートを演じる扇とシシイ演じるひかりがいさかう場面でも、
愛しいという感情が自然に沸き起こってきた。
シシイは、夫フランツを愛しているからこそ、自分を理解してもらえない事が哀しかったのだと思った。
そして、妻であるのに、フランツの悩み、苦しさ、姑ゾフィーとの板挟みになってどちらも捨てられない立場を分かることが出来ない哀しさを感じた。
初めて、台本を離れて、シシイがフランツを愛しながらも、次第に死神トートに惹かれて行かざるを得ない心情を感じながら演じることが出来た。
稽古が楽しかった。
「扇さん、
トートもフランツも、シシイに一目惚れしましたけど、
どこにそんなに惹かれたんだと思いますか?」
「これは、正解かどうかじゃなくて私の考えなんだけど、
フランツは、皇帝となるべく、とても厳格に育てられたろう?
だから、シシイの美しさはもちろんだけど、その自由で生き生きとした明るさやキラキラした輝きに惹かれたんじゃないかな。
トートは、闇の帝王だから、
正(まさ)しく闇の中で生きてきた。
なのに、正反対のシシイに惹かれるんだよね。
本当は、フランツは、お姉さんのヘレネと見合いするはずだったよね?
ヘレネは皇后にふさわしい教育を受けていたから、ヘレネと結婚した方が上手くいったのかもしれないけど、
自分と同類のヘレネには魅力を感じられなかったんだね。
自分にないものに、
人は惹かれるのかもしれないね。
さっ、休憩終わり!始めるよ!」
「扇君、ひかりちゃん良くなってきたね。」
「なにか、摑んだみたいですね。
後で、時間があったら聞いてみます。」
それから、稽古は順調に進み、
舞台稽古に入った。
エトワールでも、新人公演でも、
ひとりで歌うこと、真ん中で演じることは経験していた。
しかし、本役のトップ娘役となると、
同じ板の上でも緊張感が違った。
舞台がとてつもなく広く感じた。
「扇さん、私、緊張しているみたいです。
舞台ってこんなに広かったんですね。」
「大丈夫。私が一緒だから、好きなように歌って踊って、シシイを生きるんだ。
全部私が受け止めるから。」
「はい。
扇さん、トートは、闇の帝王ですけれど、“死は逃げ場ではない”と言ってますよね。
トートにとっては、生も死も同じだったんじゃないでしょうか。
ただ、“生きる場所”“生きる形”が違うだけなのか、
はっきりとは分からないんですけど。
トートは、
フランツを愛したいのに、すれ違って苦しんでいるシシイを助けたかった。
以前のようにいきいきと生きてほしかったんじゃないでしょうか。
だから、
私の処においで、生が一度きりではなく、
“死”は、ただ少し休むだけなのだから、と。
それを感じたときシシイはトートを頼るのではなく、愛した。
そのことをを死と表しただけのような気がします。
だから、トートは死神だけど、
シシイを、生のきらめきを愛したんじゃないでしょうか。
扇さんのトートを見ていてそう思いました。」
「芝居には正解はない。
迷いながらも毎日発見して、 進化させていこうよ。
さ、舞台稽古が始まるよ。」
ひかりが演じるシシイ(エリザベート)は、
幼い無邪気な年齢から死ぬまでの長い年月を生きる。
その間に、トートと出逢い、フランツと結婚し、姑との軋轢など様々な事から心情が変化していく。
難しい役ではあったが、
扇は思うようにシシイを生きて良いと、
全て受け止めてくれるといってくれた。
ひかりにもう迷いはなかった。
シシイが悩みながらその一生を思うままに生きたように、
私もこの舞台の上で生きるのだと心が定まっていった。
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