お披露目公演

2/3
前へ
/88ページ
次へ
第二幕が終わり、 初日の公演後の挨拶が始まった。 真ん中に扇涼が立ち、 隣にひかりがいた。 大きなトップ娘役の羽根を背負って。 扇涼が、 初日を無事終えられたことを感謝する言葉を宣べ、 相手役七杜ひかりを紹介した。 ひかりは、娘役らしく膝を折り、 感謝の挨拶をした。 カーテンコールを何度か繰り返し、 ようやく初日が終わった。 「おばあちゃん、疲れたでしょう?」 「大丈夫よ。 ホテルに帰ったらちゃんと休むから。 楽屋に行ってもいいのかしら? 星彩ちゃんにお祝いを言いたいわ。」 「じゃ、行きましょう。」 坂口芸能事務所一行は、 楽屋に向かった。 コンコン 「失礼します。 七杜ひかりは、おりますか?」 「あ、ひかりちゃんのお母様ですね。 どうぞ、お入りください。 ひかりちゃ~ん、 お母さんたち見えてるよ。 ちょっとお待ち下さいね。 たぶん、シャワー浴びて、 今化粧落としてるところですから。 あ、お母様も華苑OGでいらっしゃるから、ご存知ですもんね。」 「私たちは、この辺で適当に待たせていただくので、 どうぞ、帰る準備なさって下さい。」 しばらく経って、 ひかりが帰りの支度を終えて出て来た。 「星彩ちゃん、とっても立派だったよ。 おめでとう。 これは、坂口芸能事務所の皆さんからのお祝いの花束よ。」 「わぁ、綺麗。 ありがとうございます。 皆さんで大阪まで来ていただいて、 本当にありがとうございます。」 「あんな、小さかった星彩ちゃんが こんなに立派になって、 年を取るわけですね。 本当におめでとう。」 「坂口顧問、ありがとうございます。」 「ひかり、 扇さんと組長さんにご挨拶したいんだけど、お邪魔して大丈夫か、 聞いてくれる?」 「うん、ちょっと聞いてくる。」 コンコン 「失礼します。七杜ひかりです。 母がご挨拶に伺いたいと申しておりますが、よろしいでしょうか。」 「私もお目にかかりたいと思ってました。 どうぞ、お出で下さいとお伝えしてください。」 「はい、ありがとうございます。」 「お母さん、どうぞって。 おばあちゃん、もし疲れてるなら、 先に帰って大丈夫よ。 私は、たぶん今日は、遅くなるから。 これから、取材とかもあるみたいだし。 ゆっくり話せなくてゴメンね。」 「じゃ、 私は、おばあちゃんと先に帰るね。」 「母さん、俺がおばあちゃんと帰るよ。 母さん、同期の人とか来ているんだろ。 少しでも話してけば。」 「そお、じゃ、頼むね。 おばあちゃん、 私たち待ってなくて大丈夫だから、 早く休んでね。」 「慶子さん、ありがとう。 じゃ、お先に失礼するね。」 「お兄ちゃん!」 帰ろうとする健を呼び止めた。 「来てくれて、ありがとう。 東京公演の時、一度は家に帰るから。」 「うん。身体に気をつけてな。 それと… そろそろ“お兄ちゃん”は 卒業させてくれよ。 じゃぁ、お休み。」 だって…なんて呼べばいいの? 健さん…? 「お母さん、挨拶にいきましょ。」 コンコン 「七杜ひかりです。失礼します。 七杜ひかりの母、七杜ひかると申します。 組長さん、扇さん、 初日おめでとうございます。 また、娘がお世話になり ありがとうございます。」 「こちらこそ、 大先輩に、こちらからご挨拶に伺わなければならないところをおいでいただきありがとうございます。 私は、初舞台の時、 七杜さんがいらっしゃった 泉組でしたので、 大変お世話になりました。」 「あの頃、泉組は初舞台生を受け持つことが多かったですからね。」 「扇君は、 七杜さんが退団されてからの入団だっけ?」 「そうですね。 七杜さんが退団された年の4月に入学したので、ちょうどすれ違いですね。 七杜さんのファンでしたから、 退団の時の白いタキシードが カッコ良くてもう、 たまりませんでした。 男役志望でしたけど、 トキメキましたよ。 あんな風になりたいと、 なるんだと見てました。 あの、お見送りする大勢の中に 私もいたんですよ。」 「いや~、なんか 今聞くとお恥ずかしい。」 「あれ?ひかりちゃん、 なんで笑ってるの? お母さんの退団の時の花婿姿、 伝説なんだよ。 男役の憧れだったんだから。」 「スミマセン。 家でゆるっとしてる母の印象が強いので、落差が凄いなと。 でも確かに、たまに男役スイッチが入った“七杜ひかる”に遭遇すると、娘の私でもドキドキすることあります。」 「でしょ~。 それが、華苑の男役の凄いところよね。」 「私のように、退団しても在団中と同じように生きていると、 頭の中ほぼ男で、 どうしたらよりカッコ良くなるか、 相変わらずそればかり考えているので。」 「それなのに、というか、 それだからこそ、 こんなに愛らしいお嬢さんに育ったんですね。」 「甘やかしてばかりで、 祖母に育てていただいたようなものです。」 「私としては、 ひかりさんに出会えた事が、 本当に感謝しかなく、 生んでくださって ありがとうございます。 ひかりさんがいなければ、 トップスター扇 涼はいませんでした。 専科で、脇を固める人はもちろん大事で、 その役を不足に思ったことはありません。 でも、トップでなければ出来ないことがあるのも確かです。 ひかりさんのこの数ヶ月の成長は著しいです。 一時期悩んでいた時があったようでしたが、お母様が何かアドバイスしてくださったんですか。」 「何も特別なことを話したことはないかと。あぁ、一度電話をかけてきて、ただ声が聞きたかったと。 その時、昔の話を少ししましたね。 それだけです。」 「どんなお話しをされてのですか? 差し支えなければ。」 「私は、芝居好きで、自分なりのこだわりというか、頑固で、よく演出家の先生と喧嘩もしました。 亡くなった夫の安倍流星の最初の教え子なんです。私の代が。 卒業して歌劇団に入ってからも、たまにふらっと稽古場に来て、アドバイスと言うほどもない言葉をぽろっと落として、気付いたらいなくなる。 そんなことが何度かありました。 ある時『お前、誰と芝居してるんだ?ひとり芝居か?』とそれだけ言っていなくなりました。 その話しを、電話で話しましたね。 私は、その後役が着いたり、台詞をいただいたり、自分なりに成長したのかなと思ってます。」 「なるほど、そうだったんですね。 芝居が好きでこだわりがあるのは、 お母さん譲りのようですね。 まだまだお聞きしたいこともありますが、まだ明日からがあるので。 また、お話しする機会があればぜひお聴かせください。」 「こちらこそ、明日からもよろしくお願いします。失礼します。」 「ひかりさん、お母様をお見送りしたら、 これからのこと少し打ち合わせあるから、戻ってきて下さい。」 「はい、分かりました。」 「じゃ、お母さん、また東京公演の時、一度は家に帰るから。 今日は、ありがとう。」 「身体に気をつけて、頑張ってね。」
/88ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加