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しっかり鍵がかかっていることを確認して、突き当りの階段へ向かう。鞄を探ってスマホを取り出し、私は歩きながら和哉にメッセージを送った。
今日のところは帰るね。
スマホをしまって階段を下りる。一階に備え付けられたポストにカギを入れたところで、ひとりでに笑ってしまう。顔も知らない和哉の元カノと同じことをしていることがなんとも阿保らしくて、そんな自分をおちょくるように笑いがこみ上げてきたのだった。
ふっと鼻で笑って、その場を去ろうと歩き出す。エントランスを出ようというところで女の人が入ってきたので、端に寄った。二人分の足音が廊下に反芻する。彼女に視線をやると、向こうも私をちらりと見た。
目はぱっちりしていて、栗色の長い髪が緩く巻かれている。背は私より小さくて、綺麗というよりは可愛い感じで、腕の半分ほどが隠れるぶかぶかのTシャツを着て、ショートパンツから白くて細いはだかの足をのぞかせている。
上等なお人形のようなその人は、私の目を見て「こんにちは」とふんわり微笑む。アパートの住民だと思ったのだろうか。それにしたって声をかけられるとは思っていなくて、「こんにちは」と返す声色に動揺が隠せない。
ドキドキしながらすれ違い、息をついた途端、彼女の足音が消えた。嫌な予感がした。勘としか言いようがない。ぐるりと振り返ると、彼女が和哉の部屋のポストを開けている。どくん、と心臓が鳴った。
廊下の白い照明が淡く彼女を照らしている。私の視線に気づき、「どうしました?」と訊く。彼女はまっすぐにこちらを見ていて、私はまるでメデューサに固められてしまったように動けない。私が何も言えないでいると、不思議に思ったのだろう、彼女がもう一度「なあに?」と訊く。
「あっ、そこ、私の彼氏の部屋なんですけど」
まとわりつく呪いを振り払うように答える。するとその女は「え、彼女さんなの!」と私に駆け寄って、「はじめまして、百田紗奈です」とこえをを張り、馴れ馴れしく私の手を取ってぴょんと跳ねた。
「ねえねえ、どこかでごはん食べませんか?」
彼女は戸惑う私を一切気に留めることも返事を待つこともなく、「この辺にいい店あります?」なんて言いながら、引っ張るように歩き出した。
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