恋もほどろ

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 玄関を開けた途端、肌にまとわりつくような熱気に包まれ、全身の毛穴から汗がにじみ出す。彼氏の元カノに「いってらっしゃい」と見送られ、「行ってきます」と返事をする自分に改めて疑問を抱きつつも、私は階段を一番下までゆっくりと降り、駅を目指す。秩序正しく配置された住宅の集まりを抜け、青々とした木の葉が揺れる公園を抜け、もう少しで駅というところで、昨日和哉からメッセージが来ていたことを思い出し、スマホを取り出して確認する。  これから家に帰って寝るよ。おやすみ。  とあった。おやすみどころかおはようだって遅い時間にもなって返事をしないのはさすがにまずいと思い、歩道のさらに端に寄って立ち止まり、返事を打つ。  酔っ払って寝てた、ごめんね。授業は三限からだけど、これから学校行く。  すぐに返信が来る。  全然気にしなくていいよ。僕も今大学にいる。二限終わったら、一緒にお昼食べようよ。  すぐ行くね、と返事をして、駅へ急ぐ。  こんなとき、私は和哉と付き合い始めた頃のことを思い出す。これから会うというのに密にメッセージのやりとりをしながら、部屋であれでもない、これでもないと服を選んでいた。渾身のコーディネートでメイクも髪バッチリ。完璧、と呟き鏡を見ると、自分の背後に映る壁掛け時計の針は出発予定時刻をわずかに回っていて、慌てて家を出て、そうして落ち着く頃には完璧だった私の姿はもうない、というのが私のルーティンだった。
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