空約束

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空約束

◇ 思えば、昔から喧嘩ばかりしていた。 きっとお互いに、好きで楯突くわけではなくて、小さな諍いの種やささくれのようなすれ違いを見過ごせなかった。 家族じゃなきゃ、双子じゃなきゃ、とっくに関わりは途絶えていただろう。 16年、よく付き合ってくれたなと他人事のように考えながら、瞼を押し上げる。 目を覚ますたびに、真知は泣いていた。 ふにゃんふにゃんの赤い顔、痛々しく腫れた瞼。こいつ、将来お酒を飲むようになって、酔いつぶれたらこんな顔なのかな。 「ふざけんなよ、何時間寝てるんだ」 「……さんびょう、くらい?」 「だまれ。おまえもう、目かっぴらいとくことだけに集中しろ」 黙っていた方が眠くなるんだよ、と言い返そうとして、やめた。 もし、残された時間で発することができる文字数が決まっているのなら、もっと真知のためになることに使いたい。 「ね、まち。健康にいきてよ。からだの中に、悪いものなんてひとつも呼ばないで、クリーンに、いきて」 「空気清浄機かよ」 「そう、そうだね、そんな感じだ」 咳き込むようにわらうと、喉にこびりついていた膜が剥がれたような気がした。少しだけ、声が楽に出せるようになる。 まち、まち、と繰り返し名前を呼んだ。真知は律儀に返事をしては、続きのないことに焦れたようで、わたしの手を握りしめて言う。 「してほしいこと、ねえの」 「ないよ」 「食べたいものとか、なんでも持ってきてやるけど」 「ないね」 「真悠、おまえさ、生きろよ」 「いきてるよ」 真知の手を握り返して、ふかく、ながく、息を吐いた。おい吸えよって不機嫌そうな声がきこえて、短く、息を吸う。 「おれも一緒にいってやろうか」 「なに馬鹿なこといってんの?」 「真悠は寂しがりだから」 「自分のまちがいでしょ。わたしはひとりでも平気なの」 もう二度と会えないという事実は重く苦しくて、呼吸を忘れそうになるほどつらいけれど、真知を道連れにだなんて、冗談じゃない。 まだ、わたしが真知の手を借りれば体を起こせたころに、何度も、何度も話をした。 すり合わせだった。いつからか、いつまでも、わたしと真知の価値観はすれ違うばかりだったから。命を終えたら、死者が生者にできることなんて何もない。伝えておきたかった。安心させて、あげたかった。 寂しがりで強がりな、憎らしいほどに大切な、半身に。
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