空約束

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真悠の身体を蝕むなにかがあって、それがもう追い払えないほど深くまで侵入していて、どうにもならないと知ったとき、泣き方を覚えたばかりの子どものように声を上げて、泣いて泣いて、泣き通した。 おれがあんまり泣くから、当の本人は泣けなかったのだろう。困ったように笑って、そんなに泣かなくても、なんて言った真悠の頬を感情の昂りに任せて払った。手のひらの痛みは、火傷のように今もそこにある。 涙は枯れることを知らなくて、いつまでも泣きじゃくるおれのそばに、ずっと真悠はいた。ひとりで考える時間も、両親に縋る時間も必要だったはずなのに、おれのそばに、ずっと。 あのときはごめんと言いたいのに、声にならない。 言わなきゃ、いけない。 悲しいこと、受け入れ難いことだけれど、もう、時間もあまり残されていない。真悠もそれはわかっている。 いつの間にか、涙の膜が張って、張り詰めて、弾けた。 解けていた手の甲を、細い指先がなぞる。時折まっしろな爪が皮膚を掻くけれど、すこしも痛くない。 真悠は微かに指先を動かしながら、目を閉じていた。 「真悠、まゆ、目開けて」 「……うん」 「瞬き、長いんだよおまえ」 薄く開いては、深く閉じる。こうして、瞬きを繰り返すうちにも、時間は進む。真悠のいのちも、進んでいく。等しく進むのに、どうして終わりはそこにあると、逃げられないと知るのだろう。 「このまえの、覚えてるんだろうな」 「おぼえ、てるけど、むりだよ」 「うるせえ、戻ってこいよ」 無茶苦茶なことを言っている。叶わないことだと、知っている。真悠が唯一泣きそうに顔を歪めていたことも覚えているけれど、それでも途方もない願いを口にした。 「一緒にうまれてきたのに、一緒にいけないなんておかしいから、全知全能の神さまになってかえってきて」 おねがい、と縋るようにくちびるから懇願をこぼすと、真悠の眦に透明な水がふくりと浮かんで、こめかみに伝い落ちていく。 祈るように、真悠の手を握りしめた。 真悠にとって、おれはどんな弟だっただろうか。生意気で、強がりで、反発ばかりして、決して口にしてはいけない言葉をぶつけたことだって、数え切れないほどある。 そのうちのひとつが空に届いて、神さまの足元に転がって、手のひらで掬われたのかもしれないと思うと、全身に刺すような痛みが走る。 そうではないよ、と。飲み込んでいたとしても、変わらなかったよ、と真っ直ぐな瞳で伝えてくれた日のことも、忘れはしないだろう。そうやって、生きていくのだろう。真悠を、今日に、置いて。
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