歴史管理人

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「五歳も年上になったのかぁ。だけど私には前世知識もあるからね――……前世は丁度八歳で病死したから同じ歳だね。生まれた時から病気だったから、私の趣味はWEB小説を読む事だったんだ」 「『うぇぶ小説』とは何だ?」 「そうだなぁ、御伽噺とでも言ったら良いのかな」 「へぇ。俺も、詩集でも書こうかと思っていたんだ。今度見てくれ。題名は、狂雲集とするつもりなんだ」  たわいもないやり取りは、いちいち幸せで、宗純は笑顔を浮かべながらも、泣きそうになってしまった。死のうとした暗い過去の話は封印し、なるべく謙翁を楽しませる話だけをしたいと考える。久しぶりに会ったものだから、緊張していた。  謙翁はといえば、数日ぶりの感覚であるから、至極いつも通りだ。その上、逆向転生者の規則でこれまでは話せなかった事も、二人きりの時には話して良いと歴史管理人の紫峰にお墨付きを貰っていたから、これまで以上に気楽に話している。もう歴史は変わっているからだ。正しい側面は保たれ、裏側では変化したのである。謙翁宗為は死ななかったのだ。  いいや、死んだ。歴史上は死んだ事になった。そして今は、転生前の記憶と今の人生の両方を併せ持つ、新たなる一個人となったのである。名前は、岐翁紹禎だ。本来であれば、宗純の子供として生まれるはずだった人物であるが、その未来は来ないため、多少の誤差として、紫峰が処理をしてくれたのである。外見年齢が変わらないが、後世に写真が残る事は無い。  ――二人の間の、この温度差に、暫くの間、謙翁は気がつかなかった。ただ嬉しそうに逆向転生の知識についてや紫峰について語っていたのである。漸く気づいたのは、宗純が何も言わずに頷いている事を理解した時だった。  じっと目を見れば、宗純の瞳は涙で濡れていた。謙翁の脳裏に、子供だった頃の宗純……周建の姿が過ぎる。大切な、弟子でもあると再確認した瞬間だ。 「宗純、ごめんね。本当に、私は自分勝手だった」  自分の話ばかりしてしまった事を、謙翁は反省した。 「全くだ」  短く頷いた宗純はといえば、どれほど世界の喪失に押し潰されそうだったかを、糾弾したいほどの気持ちだったが――師の笑顔を見ていると、それが出来無い。第一、今の自分が在るのは、その経験があってこそでもある。 「ただ、俺はもう、しっかりと大人になった」
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