結婚します

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結婚します

翌朝 流星が先に目を覚ました。 ひかるはまだスヤスヤとよく眠っている。 寝顔も可愛いやつだなぁ。 外では“世界の彼氏”だなんてキメてるくせに、なんて無防備な寝顔なんだ。 そう思うと、流星は顔がニヤけてくるのだった。 おっと、いけない。 あいつのことだから、 「朝は、ご飯と納豆と味噌汁じゃないと力が出ない!」 とか言いそうだ。 米を炊飯器に仕込んで、 「コンビニで買い物してくる。 すぐもどる。」 とテーブルにメモを置いて出掛けた。 部屋に戻っても、ひかるはまだ寝ていた。 相変わらず、寝るのが大好きなんだなと思いながら、味噌汁を作り始めた。 ジャガイモとタマネギとワカメの味噌汁。 流星の好きな味噌汁のひとつだ。 ダイコンをおろして、シラスおろしにする。朝はこの位でいいだろう。 そうこうしているうちに、やっとひかるが起きてきた。 「流星さん、おはよう。 わぁ、朝ご飯作ってくれたの? 美味しそう。」 「おはよう。シャワー浴びてくれば。」 「はーい!さっと済ませてくるね。」 「いただきます! お味噌汁美味しい! 流星さんいつも自炊してるの?」 「毎日じゃないよ。 朝味噌汁作るのは久しぶりかな。 ふみは、朝はご飯がいいんだろうと思ってさ。 料理は、多分俺の方が上手いと思って。」 ぶふっ! 「流星さん、ひょっとして、私の 『初めての料理に挑戦!』の動画見たの?」 「はい、見せていただきました! とっても心臓に悪かったです。 っていうか、マジで笑いすぎて死ぬかと思ったぞ。 まさか、“初めての料理”が ご飯を炊くことと味噌汁とは思わなかったよ…。 小学校の家庭科の調理実習でも、今どき、あれはないんじゃないか? だけど、ふみに、料理の腕は期待してないから。大丈夫! 片付け、整理整頓、掃除が得意なのはわかってるし。うん。」 「笑ったんだ…死ぬほど…。 ちょっと傷ついたかも…。 でも、美味しい。 納豆も私の為に用意してくれたんでしょ。ありがと。」 「そりゃね、七杜ひかると言えば納豆、は、ファンなら常識ですから。 そんなに凹むなよ。 自分で『女として尽くしたいから結婚するわけじゃない』っていったろ? 俺だって、そんなこと期待してない。お互い相手のファンとして、応援したいから、だろ? だから、ふみは今のままの“七杜ひかる”でいいんだよ。 そのままで居て欲しいし、もっとカッコ良くなって欲しい。」 「そうだよね。流星さん、ありがと。 流星さん、そういえば、今日学校は?」 「今日は、前から休みを取ってある。 食事が終わったら、実家に電話して。 直接行けなくて申し訳ないけど、 取りあえず電話で話しておきたい。 たぶん、冬休みまでは、伺えないだろうから。 それと、来年の春で学校は辞めて、 芸能界に復帰する。 どれくらいどんな仕事がもらえるか分からないけど、チャレンジする。 たぶん、ナレーターとかラジオとか声の仕事がメインになるんだろうけど。 それと、自分の訓練も兼ねて、ミュージカルスクールの講師もやろうと思う。実は、前から誘われては居たんだ。 どした?驚いた顔して。」 「一晩でそんなに考え事して、 寝られたの?」 「昨夜急に考えたわけじゃないさ。 結構前から、というか華苑音楽学校にスカウトされて教師になったときから、考えては居たんだ。 ずっと、このままでいいのか、 後悔しないのか。 ただ、踏ん切りがつかなかった。 華苑の教師だってそれなりにやりがいもあるし、何しろ定年までは安泰だ。 変なことしなきゃね。 でも、ふみが背中を押してくれたから、チャレンジすることにした。 もう一度、安倍流星のファンになって欲しいから。」 「分かった。じゃ、電話するね。 父と話すでしょ。父が出たら、代わるわね。」 「もしもし、お母さん?文子です。 急に電話してごめんね。お父さん居るかしら?報告したいことがあるの。 うん、いい話よ。 あ、お父さん?文子です。ご無沙汰してます。急に電話してごめんね。 あのね、私、結婚する事にしました。相手の人も私も仕事でしばらく挨拶に行けないから、申し訳ないけど報告しようと思って電話しました。 今、相手の人と代わるわね。」 「もしもし、初めまして。 安倍流星と申します。 華苑音楽学校で演劇の教師をしている者です。 あ、はい。音楽学校の卒業式の時に、お目にかかってはいるかと思います。覚えていて下さったんですね。 ありがとうございます。」 「ふみから、安倍先生のことは何度も聞いておりましたから。 中学生の時から先生の大ファンで、 華苑音楽学校に入って、何度も挫折しそうになった時も、先生が居たから頑張れたと、何度もそう言ってましたから。 あの通り、真っ直ぐで一途な子ですから、色々ご迷惑をお掛けしたんじゃないでしょうか。 お相手が安倍先生なら、私共は何の心配もありません。これからも娘をよろしくお願いします。」 「そんな風に言っていただいて、恐縮です。僕の方が、ご存知のように一度ケガで挫折した人間です。それでも腐らずになんとかやって来られたのは、彼女のお陰と言ってもいいくらいです。 彼女が僕との共演を望んでくれていますし、華苑音楽学校は退職して、芸能界に復帰するつもりです。 彼女の活動は順調ですが、僕の仕事のことで、今後ご心配をお掛けしてしまうかもしれません。」 「娘の選んだ方です。信じております。 長く生きていれば、良いときも悪いときもあります。 だからこそ、支え合う相手が必要なんですから。 私共には何も力はありませんが、陰ながら応援させて貰います。 娘を、どうぞよろしくお願いします。」 携帯をふみに返しながら 「良いお父さんだな。 ふみのこと、ちゃんと見て信用している。」 「うん。いつも私を信じて応援してくれるの。 流星さんのお母様にも報告しないと…」 「あぁ、そうだな…。」 なんか、ちょっと気まずそう? 「もしもし、母さん?俺、流星です。久しぶり。今、少し話せる? うん、報告しないといけないことがあって… あの…、け、結婚する事になりました。 お互い忙しくて、挨拶に行くのはだいぶ先になってしまうから、取りあえずっていうか、電話で申し訳ないけど報告しないとと思って…、うん。 いるよ。ここに。代わるね。」 「もしもし、初めまして。矢島文子と申します。と、申し上げてもお分かりになりにくいと思いますが、 華苑音楽学校でお世話になりました“七杜ひかる”でございます。 在学中、在団中は、安倍先生には大変お世話になりました。」 「聞いたことがあるお声だと思ったら、ひかるちゃんだったのね。 直接お話ししたことはなかったけれど、私も大ファンでいつも拝見してます。 私、ファンクラブの会員なのよ!」 「あ、そうだったんですか、ありがとうございます。」 「あら~、 ひかるちゃんは私の“彼氏”で、 ひかるちゃんは息子のお嫁さん?になるのね。 なんか、不思議な三角関係?ね。 途中ちょっと寄り道した時期もあるかもだけど、ひかるちゃんのこと、 ず~っと忘れられなかったのは間違いないわ。やっと、想いが叶ったのね。 色々面倒くさい息子だけど、よろしくお願いします。」 「こちらこそ、ずっとご迷惑やらご心配をお掛けしていて、これからよろしくお願いします。 嫁としては、全く役に立たない人間ですので、その点も、申し訳ありません。」 「いいの、いいの。 ひかるちゃんは“皆の素敵な彼氏” でいてくれれば。 ひかるちゃんが所帯じみてくるようなことがあったら、流星の責任ですから、私が許しません。 ファン代表として!」 「あ、ありがとうございます。それでは、電話代わりますね。」 「あの…、ひかるに変なこと言ってない?」 「言ってないわよ。大ファンで~す。おめでとうって、それだけ。 ちゃんと大事にするのよ。 よかったね、流星。おめでとう。」 「うん、ありがとう。じゃ、また電話する。」 「あ、あ~、すっごい緊張した。 でも、優しいお母様ね。 私のファンクラブに入ってるって! びっくり!」 「あぁ、母さんはひかるの大ファンだよ。 新公学年の頃から私設ファンクラブにも入ってたんじゃないか?」 「そうなの?帰ったら、お礼のお手紙書かなきゃ。住所教えてね。」
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