ふたつ目の齟齬(そご)

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ふたつ目の齟齬(そご)

予科生の初冬のある日、 私にとって二つ目の齟齬(そご)が起きた。 その日、学校から寮に帰り寮母さんに 「ただいま」といつも通りの挨拶をした。 「お帰りなさい。寒くなってきたから、 風邪に気をつけなさいね。」と寮母さんと話していると、ふと寮母さんの部屋の付けっぱなしになっているテレビのニュースが目に入った。 『若手ミュージカル俳優、 安倍流星が交通事故に!』 のテロップが画面に出ていた。 「おばさん!安倍流星さん、 交通事故に遭ったんですか?」 「そうらしいわ。気の毒にね。 信号待ちをしていたところに、 トラックが突っ込んできたんですって。 でも、幸い命に別状はなかったそうよ。 ただ、足に大ケガを負ってしまったみたいね。治っても、復帰には時間がかかるみたいよ。 人気も実力も上がってきて、これからの人なのにね…」 おばさんの話を聞いて、私は、体中の血が引いていくのを感じ、目眩がしてその場にしゃがみこんでしまった。 「矢島さん!どうしたの?顔が真っ青よ。」 「目眩がして…。 流星さん、もう舞台に立てないの…?」 私は、それだけ言うと気を失ったらしい。 目が覚めると、病院のベットの上だった。大本先生が付き添ってくれていた。 「目が覚めたのね。気分はどう? ストレスによる急激な一過性の低血圧だったみたい。点滴が終わったら帰っていいそうだから、もう少しね。」 「先生、私…」 「同室の園田さんに聞いたわ。 あなた、安倍流星さんの大ファンで、 彼と共演出来るようになるために華苑に入ったんですってね。 きっと、大丈夫よ。まだ彼も若いんだし、リハビリして舞台に復帰できる。そう信じましょ。 今心配しても何も変わらないわ。」 「そうですね。きっと、治りますよね。 でも、…もう、相手役にはなれませんよね、私。身長が伸びちゃったから、 娘役にはなれませんよね。 私、今まで娘役トップになるために辛くても頑張ってきたんです。 でも、…これから何を目指したらいいのか、分からなくなりました。」 涙が溢れてきた。 「そのことは、また落ちついたら相談しましょう。今日は、まだちゃんと考えられる状態じゃないでしょ。 寮まで送っていくから、明日は一日ゆっくり休んだ方がいいわ。」 私の“初恋の人”安倍流星は、その後手術とリハビリで歩けるようにはなったものの、長く歩くには杖が必要になり、走ることはもう無理だった。 そして“彼”は、舞台俳優を引退した。 そのニュースを目にした時、私は、 華苑を辞めようと思った。 “彼”が舞台にいないのに、 華苑にいる意味が分からなくなった。 身長もまだ伸びていて、 もう娘役は無理だった。 私、何か悪いことしたんでしょうか? “彼”の隣に立ちたいと思ったことが間違いですか? もう、どうしたらいいのか、分からなかった。
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