それ、まだ有効か?

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それ、まだ有効か?

約束の日 劇団員御用達のレストランで食事をする事にした。 平日で、公演もない日だからか、街の中は静かだった。 早めに家を出て、ゆっくり散歩しながら目的のレストランに向かう。 レストランの看板には「本日貸し切り」の札がかかっていた。 「マスター、お久しぶり。 休みの日に無理言ってスミマセン。」 「あぁ、安倍先生。いらっしゃい。 ひかるちゃんと安倍先生のためなら開けない訳いかないでしょ。 私も久しぶりにふたりに会えるのを楽しみにしてましたよ。」 そんな話をマスターと交わしていると、 七杜がバタバタと走って入ってきた。 「先生、お待たせ。 ずいぶん待たせちゃったかな?」 「いや。俺も今さっき着いたとこ。 俺より、お前の方が忙しいだろう?」 「お蔭様で! マスター、ご無沙汰です。 今日は、休みの日に開けて貰ってスミマセン。ありがとうございます。 これ、東京みやげです。」 と七杜はマスターに手土産を渡していた。 そして、 「先生、立ってないで座りましょ」と自然に腕を組んできた。 “おいおい、相変わらず直球だな”と心の中で苦笑いした。  🍀🍀🍀 私、七杜ひかるは、恩師でもあり長年の片想いの相手でもある安倍先生とやっと念願の再会を果たすことが出来た。 今日は、その“デート”なのだ。 「七杜は、相変わらずだな。というより、在団中より“イケメン”度増したな! こちとら、劣化するばかりで、もう敵わん。」 「あら、安倍先生だって相変わらず素敵ですよ。ちょっと渋みが増したかなぁ。 まぁ、私は、退団する時のファンとの約束ですから。私は、永遠に皆の“彼氏”だから、もっとカッコ良くなるよってね。 トップにならずに止めたのは、諦めたからとか、もうやりきったからじゃなくて、他に遣りたいことがあって、 華苑じゃできないことをやるために卒業したんだもの。 まだまだ、進化の途中ですよ、私。」 「そうだな。普通、男役は止めた後イメチェンというか女性に戻るために、髪を伸ばしたりするから、仕事を再開するのが早くても半年か1年後くらいが多いもんだが、お前はほとんど切れ目なくすぐ活動始めたもんな。 しかし、痩せすぎじゃないか? もう少し食べた方が良いぞ。」 「食べてますよ、ちゃんと。 でも、舞台とかライブとか活動量が多いから、太らないんですよ。 立ち回りなんかもあるから、筋肉もつけないといけないし。」 「なんか、会話が女性の教え子とする内容じゃない気がする…」 「だって、私は、“女優”じゃなくて “七杜ひかる”ですからね。」 「そうでした。失礼しました。」 「ねえ、先生、私もう一つ遣りたいことっていうか約束?したの、覚えてますか?」 「そうだったか? 俺とは関係ないことだろ?」 と、はぐらかした。 「ひっど~い! ほんとに覚えてないんですか? 退団したら結婚してっていったじゃない!」 「お前、あれまだ有効か? もう、15年前だぞ。それに…」 「それに…?」 「“永遠の彼氏”なんだろ? 結婚したら、ダメだろ?」 「も・し、先生がOKしてくれるなら、籍だけ入れる。 女に戻るのは先生とふたりの時だけ。 それ以外は、これまで通りするつもりよ。 それと、先生と舞台に立ちたいの。 芝居は無理でも、朗読と歌ならできるでしよ? 私、退団してから歌のレッスンしてるの。 先生とデュエットできるように。 その時は“七杜ひかり”として。」 「お前の幻の芸名か。 諦めてなかったんだな。」 「私、先生も“七杜ひかり”も諦めてないのよ。ずっと片想いのままでも諦めるつもりはなかった。 ずっと、先生のこと、好きだった。 今でも。 気付いてくれていたんでしょ。」 「気付いてたさ。 でも、どうしようもなかった。 俺だって役者やめて食べていかなきゃならないし、お前の未来を潰すわけにもいかないしな。」 「でも、どうしてずっと独身だったの?私のせい?」 「自惚れんな! まぁ、今だから言えるけど、お前からの真っ直ぐな想いを受け止めるのは、きつかったよ。 俺だってまだ、若かったしな。 そのあとは、まぁ、縁がなかったということなんだろ…。」 「で、返事は?」 「おい、マジで?」 「私は、いつでも大真面目よ。 もちろん、私は、仕事も続けるつもりだし、家事や料理が苦手なのは先生も知ってるとおりだから、 一緒に住んでとか、女として尽くしますなんて言うつもりじゃないの。 ただ、何かあったとき、あの、交通事故みたいなことがあったら、家族じゃないと、何も出来ないじゃない。側にも居られないじゃない。 それが、嫌なの。私じゃ、迷惑?」 「迷惑じゃないから、困る。」 「どういうこと?」 「お前は、俺の表面しか知らないだろ?役者だったころとか教師だった頃の。 もう、スターでも、教師でもないただの男の俺に魅力あるか? 幻想を抱いているんじゃないのか? 後からがっかりされる方が嫌だしな。それに、もう、教師として学校に勤めているのに、舞台に立つわけにはいかないだろ。」 「それは、先生がやる気になってくれるなら、事務所に話して劇団と交渉してもらう。 私は、夢や冗談で言ってないよ。 本気だから。」 「分かってる。分かってるからこそ、お前の“本気”は怖い…」 「なにそれ…?迷惑?嫌なの?」 「だ・か・ら、迷惑でも嫌でもないから怖いんだよ。 お前の期待に応えられる自信がない。 正直言えばな。 若いやつみたいな言い方すれば “嫌われたくない”ってやつ。」 「えっ、それって、好きってこと? 個人的に?ファンとして?」 「おい!照れるから、 そんな目をキラキラさせて言うなよ…。」 「だって、嬉しいんだもん。 で、どっち?」 「どっちって…、両方?だろ…」 安倍先生は頬を赤らめて横を向いた。
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