あの時すでに捕まっていた

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あの時すでに捕まっていた

「安倍先生が、ひかるちゃんに敵わないのは、相変わらずのようですな。 そろそろデザートとコーヒーをお持ちしてもいいですかな。」 「お願いします。 安倍先生とふたりでここに来た事ってなかったですよね。 マスターは、なんで知ってるんですか?」 「そりゃあ、ここには生徒もOGさんも先生方もお出でになりますからね。 なんとなく耳に入りますよ。 特にひかるちゃんは直球だから、 安倍先生と上手くいくようにみんな応援してましたしね。」 「そうなんですか?やだ、恥ずかしい。」 「いまさらかよ… こっちがどれほど苦労して知らぬ顔で受け流してたと思うんだ!」 「はい、ご迷惑お掛けしました。 それと、華苑音楽学校に来て下さってありがとうございます。 先生が華苑に来てくれなかったら、 七杜ひかるはいなかっただろうし、 私何してたんだろう? 全然想像つかない。 先生が、私の人生を変えてくれたの。 すごく感謝してます。」 「大本先生に聞いたけど、 音楽学校を辞めようとしてたんだって?」 「だって、先生の隣に立つために、 相手役になりたくて華苑に入ったんだもの、私。 先生が芸能界引退して、 華苑にいる意味が分からなくなっちゃったの。 大本先生に、 『入りたくても入れなかった人もいる。辞めるのはいつでも出来るけど、一度辞めたら二度と戻れないんだから』って説得されて辞めないでなんとか本科生にはなったんだけど…」 「だから、あんなだったのか…。 初めて教室に行ったときのことが忘れられないよ。 俺も、舞台を辞めて、華苑で教えて欲しいとスカウトされたものの、演技を理論として学んできたわけでもないし、まだ心のリハビリっていうか、踏ん切りはついてなかったからな。 教頭に連れられて本科生の教室に行った時、一番先に目に付いたのが七杜だった。 本科生になると、みんな普通ヤル気に満ちた顔をして、どんな新任教師が来たんだ?って興味津々なのに、一番後ろの席で独りだけ虚ろな目をして、 教頭の話など耳に入ってない感じだった。 何処かで見たような気もするし、それになんであんな魂が抜けたみたいなんだ?そう思いながら、教壇に立って挨拶を始めた。 そしたら、ハッとしたような顔をして教壇に立ってる俺を見たよな。そして、目が合ったと思ったら、俺をじっと見詰めて、急に目が輝きだした。 キラキラとして強い光を放つあの目に、見覚えがあった。 惹きつけられた。 俺は、あの時七杜に捉まったのさ、 たぶんな。」 「そうだったんだ。 それまでは、私の片想いだった。 片想いの流星さんに、画面越しでも会えなくなって、私は失恋したんだと思ってた。 だから、あの頃は、生きてはいるんだけど中身は空っぽだったと思う。 それが、急に目の前に大好きな人が現れて、夢かと思った。 あの時から、私を認めて貰おう、 ファンになって貰うんだって決めたの。 で、せんせ。返事は?」 「返事?」 「プロポーズの!」 「急だな。今日久しぶりに会って、 今日返事するわけ?」 「15年もあったじゃない。」 「それ、カウントするか? まぁ、いいや。 いつご両親にご挨拶に行けばいいか、日を決めてくれ。七杜に合わせる。 舞台の共演はしばらく待ってくれ。 学校もあるし、レッスンしないと、 声は相当さび付いてる。 それと、学校には報告しないといけないが、公にするのか?」 「プライベートはこれまでも公表してこなかったし、当面はするつもりはない。 共演するタイミングで、ファンクラブで公表するかも、かな。」 「ひかるちゃん、おめでとう。 やっと思いが叶ったね。 これは、私からのささやかなお祝い。」 マスターから、プチサイズのケーキがプレゼントされた。 「わぁ、わざわざ用意してくれてたんですか?ありがとうございます。 でも、プロポーズ失敗だったらどうするつもりだったんですか? そもそも、マスターにそんな話してないし。」 「わざわざ久しぶりにこっちに来て、ふたりだけで貸しきりで食事をするってことは、 ひかるちゃんが安倍先生をゲットしに来るんだろうと、 それ以外考えられないでしょ。 それで、安倍先生が断るなんて私的にはあり得ないと思ってたから、考えてなかったよ。」 「で、マスター、ひかるにはお祝いがあるのに、俺にはないの?」 「安倍先生、スミマセンが私は七杜ひかるファンなもんで、ひかるちゃんをかっさらった安倍先生には、塩を撒きたいくらいで…。 ま、冗談ですが…。」
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