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「さようなら。冬吾の顔なんてもう二度と見たくない! 貴方がそんな人だったなんて!」
「待てよ、それはおかしいだろうが!」
冬吾は全力疾走する水萌を死ぬ気で追いかける。水萌のセーラー服は走る度に風に靡いていた。
部活後、高校を後にして冬吾と水萌は最寄りの駅まで歩いていた。近道となる住宅街に建ち並ぶ家の一部では、鯉のぼりが高く泳いでいた。その様子を横目に見ながら冬吾は水萌と他愛の無い話をしていた……はずだった。
先程まではカップルだった二人の縁を引き裂いたのは、冬吾の何気ない一言だった。
「うぇー、疲れた! 水萌は吹奏楽部の方どうだったんだ?」
「あたし? 今日も今日とてフルートの基礎練とコンクールの課題曲練習。そっちは?」
水萌が冬吾に目を向けると、冬吾は頭をボリボリと掻きながら苦笑した。
「サッカー部も同じように練習、練習、練習! レギュラーのためだってことは理解しているけど、地道な努力が出来るって中々の才能だよな。正直面倒臭いし、何より顧問がうざい!」
「冬吾君、そんなこと愚痴っていたら一生観客席だよ。レギュラー候補どころかベンチ候補にもなれない」
「げっ、それは嫌だ!」と冬吾が大袈裟に驚くと、水萌が爆笑した。その時、茜空を吸い込んだように美しく光る水萌の瞳に、冬吾はまた一つ恋をした。
冬吾は鼓動が高まるその気持ちを抑えながら、話題を切り替える。それが駄目だった。それが不正解だった。
「あ……そういえばさあ、最近雨降らねぇよな」
「会話の手札無くなった? 天気の話は世界一単純なお喋りテーマだよ」
「違う違う、気になっただけ。まだ梅雨じゃないから仕方無いだろうけど、気分転換みたいな感じで久し振りに雨降ってほしいなー、なんて!」
あの時の水萌の絶望的な顔、モノクロに染まったような瞳は、勿論冬吾の眼に焼き付いていた。
「噓……。何で雨を望むの。……最低、冬吾の馬鹿! あたし達、別れよう!」
「はっ……何でだよ!?」
「さようなら。冬吾の顔なんてもう二度と見たくない! 貴方がそんな人だったなんて!」
「待てよ、それはおかしいだろうが!」
そして現在に至るのだ。住宅街を駆ける冬吾を、鯉のぼり達は嘲笑うように揺れ揺れる。
頼む、待ってくれ。雨よ降れなんて、願わないから! 水萌のためなら晴れを望んでやるから! というか……。
「何故! 何故雨が嫌なんだーっ!」
学年一足が速い水萌には追いつけず、冬吾は余りにも五月蝿い声量で叫ぶ。数十メートル先で冬吾の方を振り返り、水萌自身が大粒の雨を降らせながら、冬吾と同様に近所迷惑になるくらいの声を上げる。
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