【影雄】

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目を開く。眩しい白に目を細める。そこは病院らしい。体を起こそうとするが、私は動くことができなかった。医者らしき人が、声をかける。 「大丈夫?自分が誰か分かる?」 「もちろん分かります。」 と、答えようとするが話せない。もしかして、と嫌な予感がした後、聞き慣れた自分の声が聞こえる。 「もちろん分かりますよ。」 と彼が答える。彼はすらすらと名前と住所を告げる。 その後、医者は「すぐに保護者に電話をするから待ってて」と彼に伝えると部屋を出ていった。 なぜ助かったのか。不思議に思い、考えを巡らせていると、見知らぬ男が入ってきた。その男は、私を助けてくれたことを伝え、本体と少し会話を交わす。その男は、勇敢にも、いや、愚かにも川に飛び込んで彼を助けてしまったらしい。最後に、「自殺はダメだよ。」と告げ、その男は、部屋を出ていった。 両親とは、離れた所に住んでいるが、これを知ればきっとすぐに来てくれる。きっとすぐに私の変化に気づいてくれるはずだ。自殺は失敗したが、逆に良い方向へと事態が急変したことに安堵する。 ー憎しみは、彼を蝕み、ゾンビと化していた。史上最悪の不屈の精神である。ー 彼は、人目を盗み、窓から脱走し、家に向かう。晴れていた空には厚い雲がかかっている。17時を知らせるチャイムが街に流れる。儚い音が耳に届く。もはや、私は存在するのがやっとだった。 家からはそう遠くなかった病院だったようで、すぐに家に着いた彼は、予備の病原体を素早く持ち出し、駅へ走る。空の雲はより一層分厚くなり、雷の音が遠くで響く。その光で一瞬だけ悲しげに映される私は、存在していないに等しい。 ポツポツと降り出した雨は、急激に勢いを強め、みんなが屋根の下へと走り出す。到着した駅は、人で溢れている。不幸にも、電車はまだ運行していた。 彼は、人混みの中へ溶け込んでいく。影のように、そっと。
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