【影雄】

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予想は的中し、ほど近い病院に彼が運ばれてきたと知る。医師を訪ねると、ちょうど当人の保護者と話をしているところだった。緊急であることを伝え、面談の許可を得た後、早足で病室へと向かう。後ろには医師と保護者もついてきていた。扉を静かに、勢いよく開ける。もぬけの殻だった。何らかの理由で川に流されたため計画は一時中断したはずだが、ここから抜け出したということが、まだ諦めていないことを物語っている。 彼の計画のメモを開く。次は東京駅へ向かうはずだ。急いで他の警察官にも応援を要請し、周辺の駅を探す。すると、ある警察官が、ついさっきその男が改札を抜け、東京方面行きのホームに向かった、という駅員の証言を聞いた。纏う空気が独特で、どこか機械の様な動きであったため印象に残っていたらしい。彼が通過してから5分ほど経っているが、出発したのは各駅停車の一本のみだという。それを聞いてすぐにホームへ向かい、彼を探す。しかし、彼の姿は見当たらない。こうなってはもう、電車を止めるほかない。 急な慣性に耐えられず、乗客は体勢を崩す。それはちょうど橋の上だった。下には隅田川が流れている。豪雨の影響で、水流は濁り、勢いが強い。外から拡声器の音が耳に届く。彼は瞬時に異変を察知して対処する。 「これは、致死性のウイルスだ!」 病原体を高く掲げ、目一杯の力で叫ぶ。そして、彼の思惑通り、車内はパニックに陥る。計画通り実行できないと悟った彼は、この電車の乗客に標的を変えた。そして、それを地面に投げつけた。パニックがより一層大きくなり、ヒステリックな叫びが電車に響く。 緊急事態の時は、混乱する者が大半だが、冷静さを保つ者も少なからずいる。正義感のある男が、彼を捕まえようと手を伸ばす。不運にもその手は空を掴んだ。バッグで窓を割り、外に飛び出す。彼の覚悟の方が少しだけ早かった。 橋に着地した彼は、即座に川に向かって病原体の入った瓶を投げつける。空気の中で感染するタイプとは異なり、水の中で効果を発揮できるように作られたものだった。それは、彼の負の努力の結晶だった。音もなく飛散し、溶けてゆく。 その後、彼は警察に捕まった。
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