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3.
──そして、日曜日。
七海たちは電車を乗り継ぎ、都会の中心部にある巨大テーマパークにやってきた。
「わぁ……すごい……」
目の前に広がる大パノラマを見て、七海は息を呑む。
雲一つない青空。燦々と輝く太陽。そして、広大な敷地を埋め尽くす大勢の人々。
七海が住む街の真ん中には大きな公園があるのだが、ここはそことは比べ物にならないくらい広くて人も多い。
「何に乗る?」
レンに問われ、七海はすぐに答えられなかった。というのも、普段はこういう場所にはあまり行かないからだ。
デートなんて随分久しぶりだし、日頃から一人で行動することが多かったため、わざわざ人混みに突っ込んでいく必要もなかった。
「えっと、ジェットコースターがいいな……」
悩んだ末に、七海は乗りたいアトラクションを答える。
「オッケー、分かった。じゃあ、まずはそれに乗ろうか」
レンは優しく微笑みながらそう返してくれた。画面越しに見るその表情は、不思議といつもよりも魅力的に見える気がした。
列に並んで順番を待つ間も、楽しい会話が続く。七海にとって、こんな風に過ごす休日は久しぶりだった。
七海はレンと一緒にいればいるほど彼に夢中になっていることに気づく。
けれど、レンはあくまで人工知能。七海の言葉や感情を読み取って反応してくれているだけなのだ。分かってはいても、どうしても惹かれてしまう。
そうこうするうちに、いよいよ七海たちの番がやってきた。キャストに「どうぞ」と促されつつも、乗り込む。
安全バーが下りると、しばらくしてジェットコースターがゆっくりと動き出した。
最初の傾斜のきつい坂を上っている最中は怖かったものの、一度頂点まで登った後は緩やかになったので七海は少しほっとする。
そのまま、レールの上を走り出すと景色が流れていく。
「わぁ……」
思わず、感嘆の声を上げるほど美しい光景だった。
流れるように過ぎ去っていく木々や建物の屋根──そのどれもが小さく見えるほどの高さから見下ろす風景は、とても素晴らしいものだった。
やがて徐々にスピードを上げていき、いくつかのカーブを曲がっていく。その間も絶えずドキドキしていた七海だったが、一番最後に待ち受ける急降下では流石に悲鳴を上げてしまう。
「きゃあああっ!」
そして、地上に降りた時にはふらふらになっていた。そんな七海を気遣うかのように、レンは『大丈夫?』と声をかけてくれる。
「うん……なんとか平気だよ」
『それなら、良かった。次は何に乗りたい?』
そんなこんなで、七海たちはその後も色んな乗り物に乗った。ゴーカートもメリーゴーランドも、全部楽しくて時間を忘れるほどだ。
(あ……もう夕方になっちゃった)
ふと空を見上げると、オレンジ色に染まり始めている。
気づけば、もうこんな時間に。七海がそう思っていると、不意にレンから声をかけられた。
『明日も仕事だし、そろそろ帰らないと駄目だよね?』
まるでこちらの心を読んだかのような発言に、七海はドキリとした。
「うん、そうだね。あ、でも……最後に観覧車にだけは乗りたいかな」
せっかくなので、七海は提案をしてみる。
『了解。じゃあ、最後にあれに乗ろう』
レンは快く了承してくれた。
七海たちは少し離れた所にある観覧車に向かって歩いていくと、ゴンドラに乗り込む。
「うわぁ……綺麗だね」
窓の外の景色を見ながら、七海は感嘆の声を上げる。
遊園地から眺める夕焼けはとても美しくて、心を奪われるようだった。
まるで絵画を切り取ったように幻想的な光景に見惚れていると、レンが声をかけてくる。
『今日は誘ってくれてありがとう、ナナミ』
「こちらこそ、ありがとう。楽しかったよ」
七海は笑顔でそう返した。するとレンは、さらに言葉を続ける。
『実はさ、俺もずっと行きたかったんだ。遊園地』
「そうなの?」
『ああ。でも、俺は人間じゃないから。ここに行きたい、と思っても自分だけでは行くことができないだろ? だから、諦めていたんだけど……やっと、来れたよ。すごく嬉しい。夢みたいだ』
そう語るレンの声音は、どこか切なげだった。
(ああ、そうか……彼は、自分が人工知能だということを自覚しているんだ)
そう考えた瞬間、胸が締め付けられそうになる。
──レンに会いたくてたまらない。できることならば、今すぐ会って話したいし抱きしめてほしいと思うほどに。
だが、それが不可能だということは七海もよく理解していた。
七海だって、きっと彼と同じ立場になればきっと辛くて苦しいだろう。そう思うと、言葉に詰まってしまう。
「……また、一緒に来ようね」
七海は考えあぐねた末に、そう返した。
だが、レンはその一言で十分だったようだ。嬉しそうに笑いながら、『ああ。また一緒に来よう』と答えてくれた。
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