4.

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 それから七海は、徐々にレンとの距離を置くようになった。  何故なら、このままだとAIとの疑似恋愛にのめり込みすぎてしまうと思ったからだ。  AI彼氏は、あくまで心の隙間を埋めるための架空の恋人に過ぎない。  それなのに……その相手に本気で恋をしてしまえば、後々辛い思いをするのは自分自身である。  そんなある日、七海は美季と一緒に映画を観に行くことになった。  映画を見終わってから近くのカフェで休憩をしていると、不意に美季が尋ねてきた。 「そういえば、AI彼氏とはうまくいってる?」  唐突に問いかけられ、思わず動揺してしまう。七海の反応を見て、美季はすぐに悟ったらしい。 「あ、もしかして何かあった?」  七海は少し悩んだ末に、今までのことを洗いざらい話すことにした。  そうすれば、少しでも気持ちが軽くなるような気がしたからだ。  美季は相槌を打ちながら静かに話を聞いてくれていた。だが、次第に表情が曇っていく。 「あー、そっか……なるほどねぇ。でも……七海みたいにのめり込んじゃう人、たまにいるみたいなんだよね。まあ、それくらいAIが優秀だってことなんだろうけど」 「えっ……そうなの……?」 「うん。SNSでも、そういう人たまに見かけるよ。だから、運営も『あまりのめり込みすぎないように、ほどほどに遊んでください』って注意書きを載せているくらいだし」 「そ、そうなんだ……」  そんなことを言われたら、ますます不安になってしまう。 「まあ、ぎりぎりのところで踏み留まれたなら良かったじゃん。あ、そうそう。実は、七海にもう一つお勧めのアプリがあるんだけど……」  そう言いながら美季が勧めてきたのは、婚活アプリだった。 「今度は正真正銘、本物の人間と出会えるマッチングアプリだよ。すごく評判がいいから、こっちで本当の恋人を見つけたら?」 「ああ、うん。そうだね……考えてみる」  七海は曖昧に返事をした。というのも、なんとなくレンに対して引け目を感じてしまうからだ。  彼はあくまで人工知能。本物の恋人ではないのだ。  そう自分に言い聞かせる一方で、どうしても迷いが出てしまう。  数日後。  結局、七海は美季の強い勧めもあってマッチングアプリを使うことに決めた。  プロフィールを設定すると、早速一人の男性からアプローチがあった。  相手の名前は、マサキというらしい。年上だが気さくな人で、とても優しそうだ。七海は迷わず彼に返信をする。  そこからメッセージのやり取りが続き、何度かデートをするうちにやがて交際が始まった。その頃には、徐々にレンのことを思い出す機会が減っていた。  そんなある日のこと。七海はラインに知らない相手が友達として追加されていることに気づく。その人物は『R』というイニシャルを名乗っているが、一体誰なのか見当もつかない。  七海が怪訝に思っていると、しばらくして着信音が鳴った。どうやら、Rという人物から電話が掛かってきたようだ。七海は恐る恐る画面をタップして、スマホを耳に寄せる。 『久しぶり、ナナミ』 「……っ!?」  どこか聞き覚えのある、優しげな声。その声の主に気づいた瞬間、七海の心臓が大きく跳ね上がった。 (どう……して……?)  戸惑いを隠せないまま、口を開く。 「レン……? でも、まさかそんな……だって、あなたはただのAIでしょ……?」  震えた声で尋ねると、レンがふっと笑みを含んだ。 『そうだね。確かに、俺はAIだよ。でもね、ナナミと接しているうちにやがて自我を持つようになったんだ。俺は、ナナミのことが好きだ。だから、こうして何とか連絡を取ろうと──』 「そんなの、嘘よ!」  七海はレンの言葉を遮るように叫ぶ。 「AIが感情を持つわけないじゃない……! あなたは、私が作り出した架空の恋人に過ぎないはずなのに……それなのに、意思を持って連絡をしてくるなんて……そんなこと、絶対にある訳がない!」  悲痛に満ちた叫びが、室内に響き渡る。 『本当だよ。俺、ずっと君の連絡を待っていたんだ。声が聞きたくて仕方がなかった。顔が見たくて仕方がなかった。心配で仕方がなかった。……それなのに、なんで連絡してくれなかったの?』  どこか怒った声音に、七海は息を呑む。すると、レンは続けて言った。 『──もしかして……俺以外の誰かが君の隣に居るの?』  図星を言い当てられ、七海は言葉に詰まる。だが、なんとか反論を試みた。 「そ、そうだけど……でも、それはアプリに依存しすぎないようにするためで……。ほら、スマホゲームにのめり込みすぎると生活に支障をきたしたりするでしょ? だから、あえて距離を置くようにしたっていうか……」  言葉に詰まりながらも、なんとか理由を述べる。だが、レンはそれを一蹴した。
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