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第一話 退魔師の少年
『 彩花町異聞 』
天河輝が「それ」をはじめて目にしたのは、小学四年生の冬、よく晴れた夕暮れ時だった。
あたりにうっすらと積もった雪に夕日が跳ね返り、世界の全てが茜色に染まっていた帰り道。通学路脇にある小さな公園の入り口で何かに呼ばれたような気がして、輝はふと足を止めた。
どこにでもある住宅街の、どこにでもある小さな児童公園。色あせた滑り台の近くに黒い塊が鎮座している。黒猫が香箱を組んでいるように見えて、動物好きの輝は思わず駆け出していた。
「ねこだー!」
だが公園へと足を踏み入れた途端に、彼はびしりと全身を強張らせることになった。突如としてつむじのあたりがざわざわ疼き、冷たい不快感が腹の底から湧き上がり、寒気に体が震えはじめる。
ここにいてはいけない。どうしてかそう思えてならなかった。しかし踵を返そうとする輝の意に反し、体はちっとも動いてくれなかった。
ぶるぶると身を震わせながら、片足を踏み出したまま、ただ視界の先にある黒い塊を見ていることしかできない。
その塊が突然、輪郭を失ったかのようにぼやけはじめた。猫のようにも見えた小さな影が、にじみ出すようにしてぶわりと周囲に広がっていく。茜色の世界に、のっぺりとした黒が、ゆっくりと鎌首をもたげる。
「あ……」
輝は呆然とその影を見上げた。高さも幅も、ゆうに三メートルは超えているだろう巨体。黒いシーツを頭から被った巨人のようなシルエットが、夕焼けの中に屹立していた。
ごう、と風が鳴った。冷たい空気が輝の頬を刺し、黒い影を揺らす。ぐらりと傾いた影がヒカルに向かって倒れ込み――横合いから飛来した金色の光に、弾き飛ばされた。
ギギギ、と、衝突音なのか悲鳴なのかわからない甲高い音が響き渡り、きらきらと金色に光る小さな粒が霧のように広がった。一拍遅れて砂場に突っ込んだ黒い影が、轟音と共に盛大に土煙を巻き上げる。
思わずヒカルは目をつぶる。その肩に、温かくて大きな掌の感触が伝わった。
「もう大丈夫だ。安心しな」
落ち着いた男の声。ぽんぽんと二度、軽く叩いてから離れていく体温。ヒカルの前を進む誰かの足音。ゆっくりと、おそるおそる瞼を持ち上げたヒカルが目にしたのは、蠢く黒い影と対峙する男の背中。
「さて……祓うか」
彼の右手には、煌々と輝く金の光が宿っていた。
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