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『雨よ降れ』
週の始まりの月曜日。
青いチョークで書かれたそれは、3年A組の教室――後ろの黒板に唐突に現れた。
「体育祭が中止になれってことだろうな」
椅子に逆に座りながら、ある男子生徒が口にした。
誰もそれには答えなかったが、他のクラスメイトもある種納得していたようで、「くだらない」という空気が教室に立ちこめた。
些細なこと。
教室にいる大半がそう思い、ほぼ全員が気にも留めなかった。
翌日の火曜日。
その文字の下に『正』の字の一画目が書き加えられていた。
誰かが賛同の意を示したのか、もしくは『雨よ降れ』と書いた何者かが書き足したのか。
さらに翌日になると、『正』の字が完成していた。
木曜日。
教室の窓に雨が打ち付ける。
黒板はと言うと『正』の字が増え、『雨よ降れ』の横に、赤いチョークで太陽の絵が描かれていた。
天気予報は、しばらくは雨という予報になっていた。
雨が強く降り続く金曜日。
とうとうクラス委員長が口を開いた。
「後ろの黒板の件だけれども――」
教室がざわざわとし出す。
「静かにしてくれ」
委員長はそう言葉で制し、黒板に近づく。
「俺たちにとって最後の運動会。一生懸命練習してきただろう。それなのに、雨が降って中止になるのは、残念だと思わないか」
その言葉に頷く者、首を傾げて苦笑する者。
「でも、やりたくない人もいるでしょう」
女子生徒が言う。
「運動が苦手な人にとっては、なにより耐え難い行事なのよ」
「そうは言っても、1年間を通しての一大イベントだろう。数年後に笑って振り返りたいじゃないか」
「笑って振り返れない人もいるかもしれないじゃない」
首肯しているのは、大半が女子生徒だ。
それを見て、ある男子生徒が「書いたのは女子か……」と呟いた。
その言葉がきっかけとなり、教室内では怒号が飛び交うことになった。
クラスの騒ぎを聞きつけた担任が教室に入り仲介に入り、一先ず場は収まることになるのだが――。
結局この年、予備日も含めて雨天となり、体育祭は中止となった。
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