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ある日、閉店後に店の締め作業を終えて帰り支度をしているときに阿部さんがスマホ片手に口を開いた。
「そういえば、望月さんに柏木さんのLINE教えても大丈夫ですか?」
「え、全然良いよ」
阿部さんがちらりと意味ありげな視線をこちらに投げかけてくる。
「望月さん、柏木さんの方から連絡先聞いてくるの待ってたみたいですよ」
「……あ、えっ、そうなの?」
阿部さんは肩をすくめながら、スマホの画面をタップした。
手の中で震える自分のスマホに『グループに招待しました』という通知が届く。
「実を言うと、私少しだけ怖かったんです」
スマホに視線を向けたまま、阿部さんはそう言った。
「あんな事が起きて、もし柏木さんが二度と立ち直れなくなったらどうしようって」
「…………」
「でもどんな顔をして、どんな声掛けたら良いのか分からなかったから」
事件の翌日、何か言いたげな戸惑った顔でこちらを見上げた阿部さんの表情を思い出した。
「大丈夫だよ」とそれを遮ったのは俺の方なのに。
「気に掛けてくれてたんだね、ありがとう」
静かな口調で俺がそう言うと、阿部さんは俯いたまま口を噤んだ。
「会食恐怖を克服できるように、斎藤に付き合ってもらってたんだ。でも、結局は完全には克服出来なかった」
「……そうだったんですね」
「今でも緊張すると箸を持つ手が震えるし、ご存知の通り調子が悪い時は飲み物しか頼めない」
目の前の阿部さんは眉尻を下げながら小さく笑ってくれた。
「でもさ、前よりそういう駄目な自分を少しずつ許せるようになってきたんだ」
あの頃は、上手く出来たとか上手く出来なかったとか結果にばかり囚われすぎて、目の前の相手が見えていなかった。
「あいつと一緒にいて分かったのは、完璧な自分になることよりも大事なのは、完璧な自分じゃなくたって誰かと関わっていられるってことなんだと思う」
「…………」
「俺のこと、気に掛けてくれて本当にありがとう」と続けると、見開かれた彼女の瞳からぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
「そんな、そんなこと、言われたら……わたし、泣きますよ」
しゃくり上げながらそんなことを言うので、俺は思わず笑ってしまった。
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