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【最後の一口】お祝い
『今度の休みに出掛けませんか?』という望月さんからの誘いを、二つ返事で引き受けた。
「こんにちは」
はにかんだように笑う彼女は、あの日店で選んだラムネのような爽やかな色のブラウスを着ていた。
「やっぱり似合いますね、その服」
「もちろん。柏木さんが見立ててくれましたから」
自慢げに言う彼女に、俺は小さく笑う。
「この前、職場の先輩にも褒められたんですよ」
弾む声で言うと彼女は歩き始める。
平日の園内は人の数もまばらで、各々のんびりと見て回っているようだった。
入場制限もなくなったので、週末はかなり賑わうのだろうなとそんな事をぼんやりと考えた。
「……なんか良い大人がこんな所に誘っちゃって、すみません」
「え、俺も結構好きですよ、動物園」
「よかった」と彼女は表情を綻ばせながら言う。
「コロナが流行り出してから全然来れてなくて、久し振りなので楽しみです」
退屈そうに寝そべる虎がいる檻の方へと歩み寄る。
欠伸をする虎の姿を望月さんは、まじまじと眺めていた。
「私、子供の頃は獣医になるのが夢だったんです。誕生日に買ってもらった動物事典を片時も手放さなかったくらい、動物が好きで」
嬉しそうに語る横顔を、隣で見ているだけで満たされた気持ちになった。
彼女と初めて会った時、試着室から出ると彼女は腕のあざを隠すように服の袖を引っ張る仕草を、所在なさげに何度も繰り返していた。
今はもうその仕草をする気配はない。
気を許してくれたのだろうか、もしそうだとしたらとても嬉しい。
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