愛に一番近い感情

19/52
前へ
/52ページ
次へ
 かちり、とソーサーがテーブルに置かれる音とともに、おじさまは話を再開した。 「似合うのは間違いない。女性の方……池端さんですか、は特に……私には、役が本人に憑依しているように感じました」 「惹きつけられましたか」  好きな人を追う女の子のほうに。 「はい。彼女の台詞や感情には、まるで自分のことのように強く響くものがありました。少し、痛いくらいに」  そして彼は少しつらそうに目を伏せて、コーヒーを口に運んだ。私も続く。  しばらくは、誰も何も言わなかった。  他にも脚本や制作の話について聞かれるのかと思っても、何も続かない。  だが、そのわりにおじさまは何かを言いたそうにする。  自分から沈黙を破っていいものか、迷った。だけど、このままでいても何も進まないし幕も引けない。 「……作品について聞きたいことだけではない、のでしょうか」  恐る恐る自分から尋ねてみると、不意を突かれた表情がこっちを向いた。  たぶん、これは当たってる。 「他に、何か違う、本当に話したいことがおありなのでは。作品そのものについてではなく、たとえば、テーマや刺激された感情に関係した、ご自身の体験について、とか」
/52ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加