愛に一番近い感情

51/52
8人が本棚に入れています
本棚に追加
/52ページ
 つい目を伏せて手を口に当てると、指が震えてるのに気づく。  まさか、値踏みされてた……? 私が今日来ると知っていて、最初から……?  いや。目当ては景斗くんとも十分考えられる。それに、京介さんは両親に私たちのことを話してないと言ってる。向こうから何も聞かれないし、自分からわざわざ報告もしてないって。だからこそ、そもそもの喧嘩になったのだし。  ……向こうがその気になれば調べることなど、いくらでもできるだろうけど。  改めて、おじさまの話や雰囲気、身振りなどを思い返す。  違う気がした。  偵察とか値踏みとか、そんなことをしに来てたんじゃない。ただ純粋に気になって鑑賞に来ていて、そこで出会ったのが私だっただけ。  聞いた話の男の子を京介さんに置き換えて、思い返す。  そんな思いが……そんなに前から、あったなんて。そしてそれを、あの人は今もなお印象的に覚えているなんて。  その背景にあるだろう慈愛を想像してみて、重く温かいものが体を巡りだす。  スマホで時間を確認すると、午後の四時半を過ぎていた。もう夜公演は始まってる。
/52ページ

最初のコメントを投稿しよう!