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時間を見ると、もう開演の五分前になっていた。もう時間もないし、返事も、景斗くん宛の連絡もしないで、電源を切って客席に移動する。
妙な対抗心がまた滲み出る。
景斗くんは七光りやバーター出演みたいに思われるのを嫌がって、仕事の上では頑なに「脚本家・柴山京介」と関わろうとしないのは、もちろん私も認識してる。
だけど、兄の作品には出たくないと言い張る彼も、私が手掛けたこれで舞台上でその魅力を放つ。
この矜持は揺るがない。今回も良いものを書けた自信はあるし、俳優も演出の能力も確かだ。きっと、間違いない。
鼓動がくすぐったい。
自分が描いたものが見える形に昇華しているのを実感する、この高揚感は何度味わっても飽きない。今回も、文字だけだった脚本を俳優の演技や繊細な演出と舞台美術が美しく形作り、登場人物の不安定な距離と関係性が叙情的に描かれている。
だから、書いてた時は冷静に距離を置いて向き合えていたストーリーも、今は心に刺さりすぎる。
『俺が言おうとしない時点であんたの信頼はその程度だって……』
舞台の上で、若い二人の成就しない恋物語が展開していく。
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