第6話「桜」

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第6話「桜」

(……)  私は厳かに運ばれていく、彼女の棺を黙って見送った。多くの男たちに担ぎ上げられた棺の様子は、まるで彼女の人生そのものだと思った。  その夢のような素晴らしい葬儀から、後ろ髪惹かれる思いで、私は教会を後にした。 *** (……)  今日は彼女の美しさが永遠になったことを、祝福するかのように、空は大変晴れ渡っていたが、前日は美しい彼女が失われたことを、天が嘆き悲しむように大雨が降っていた。  昨日の雨に散らされたのか、ただ散る時期だったのか、桜の花びらの残骸が、水溜りに浮かんでいた。  散ってもまだ、美しいその花びらも、いずれは茶色に変色して、美しさのカケラの微塵も感じない、醜く変わり果てた姿となるだろう。  桜は咲いている時は、大変に美しい。誰もが心打たれるだろう。風に舞い、散っていく物悲しい桜もまた綺麗だ。  だが、道の隅に追いやられた、醜く変色した桜の花びらを、美しいと感じる人は誰もいないだろうし、そんなものを好んで見たいと思う人間も、またいないだろう。  ごく稀に、そんな人間もいるかもしれないが、それは「惹かれて」というよりも、醜く惨めに変わり果てた、その花びらを嘲笑する為か、好奇心で研究の為に調査する、植物学の学者たちくらいではなかろうか?  私はその現実に、「女」の一生を見る思いだった。  ふと、今朝見て来た、朝のニュース番組を思い出す。  ニュースを彩る女性キャスターたちは、ほぼ毎春、若いキャスターたちに代替わりする。その頻度は、男性キャスターの比ではない。  視聴者が女に「若さ」と「美しさ」を求めている証拠だ。  女は若く美しくあるべき。本能が求めてる。性の対たる男たちが、そう求めてるのだ。そして、男がそう求めてるのだから、女も本能でそうあろうとする。そうでなければ、男に見限られ「女」ではいられなくなる。  何処かのフェミニストが、もしかしたら「女の価値は若さと美しさでは決まらない」などと、(のたま)うかもしれない。  だがそれは、心の底からの本心だろうか?    ドラマや映画、小説、アニメや漫画、まさに人の「夢」を形にした、フィクションの人気コンテンツに登場する大半の主要人物たちは、見目麗しい俳優、女優たちや、美少女、イケメンたちだ。  自分がそうなれるわけではない、みんなそんなこと、現実ではあり得ないと分かっているのに、夢中になる。本当はこうならいい、こうあるべきだと、心の底では思っているからだ。そうでなければ、売れるはずがないのだ。  何も恥じることではない。悪いことでもない。それは「男」として「女」として、当然の感情なのだ。 「美しい」物にこそ価値がある。本当はみんなそう思っている。なのに、その考えが「良くないこと」のように、それ以外を愛することが尊いかのように、まるで欲のない聖人君子の如く振る舞うことが、善とされている――  吐き気がした。  彼女は正しかった。彼女はただ正しかっただけだ。美しさ故に、その正しさを突き通せたのかもしれないが、欲望に忠実だったから、美しかったとも、言えるのかもしれない。  平凡で美しくもない私は、美しい男たちから見向きもされないだろうし、せいぜい醜い自分と同レベルの男にしか、相手にされないだろう。更に若さが失われたら、そんな男たちからも相手にされなくなるだろう。  はたと、あることが更に私に思い浮かぶ。 「女」を女たらしめているのは、果たして「男」だけだろうか?  私たちが十四歳の頃、彼女を目の敵にしていた、牧野先輩たちのことを思い出す。  それは友達の彼氏が、彼女のことを好きになってしまったから、という大変分かりやすい理由だった。  先輩たちは浮気した彼ではなく、怒りの矛先を彼女に向けた。彼女にしてみれば大変迷惑な話だったのだが、「女」の性質を考えれば、ごく自然なことだったのだ。  先輩たちは、男を魅了する彼女の美しさに嫉妬していた。いつか自分の男も、取られるかもしれないと、恐怖を感じていたのだろう。  そんな、自分より魅力的な女は、排除すべき。先輩たちの中にある「女」の部分が警報を鳴らしたのだ。  これは生物的女としては、全く正しい行動だ。優秀な男を厳選し、優秀な遺伝子を確保、産み育てるのが、女の本能だからだ。  それには自分より魅力的な同性の「女」が、邪魔なのだ。だって、自分が選ばれる可能性が低くなる。昨今はその事がイジメや犯罪と問題になるが、二十万年以上そうして生き抜いて来た、女の性の遺伝子記憶を考えると、女が自分以外の女を排斥しようとする感情は、ごく自然と言える。  そういった意味では、牧野先輩も本能の赴くまま女として大変正しく、それは「女」が「女」たらしめていると言えなくもない。  「女」は「男」だけにでなく、「女」によっても「女」たらしめられるのだ。  その考えに至り、私は彼女とまた「女」と言う性について語り合いたくなった。  私も「女」として、彼女の美貌に嫉妬していたのかもしれない。ただそれ以上に、どうしようもなく憧れていた。  自分がそうなりたいとか、成り替わりたいとかではない。ただその美しい彼女を、傍でずっと見つめていたかった。  彼女の美しさは「男」だけでなく、「女」の私さえも魅了していたことを、告白しておきたかった。  私にとっての、彼女の美しさへの感情は、同性としての「嫉妬」なんかに、収まるものではなかったのだ。 つづく 
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