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ある家のダイニング。テーブルに並ぶ豪華絢爛な料理を前に、夫婦がワイングラスを片手に語らっている。
「すごい料理だね!どれも手が込んでて美味しそうだ。」
「ふふふ。何しろ今日は結婚記念日だから、頑張ったのよ。」
夫がグラスを掲げて乾杯の仕草をとった。
「早いものだな。これからもよろしく頼むよ。」
「これから『も』?」
ピキッ
「これから『も』私が料理を作り続けろってこと・・?」
空気が凍り、妻のこめかみに青筋が立った。
夫はにこやかに笑いながら話を続ける。
「違うよ。これからの人生もよろしくってことさ。今日は君が作ってくれたけど、普段の料理は僕が作るから安心してくれ。」
「そうね。そうよね。良かったぁ」
妻は穏やかな表情に戻り、乾杯に応じようとした。
が、直前で手が止まった。
「・・・私は料理も作れない無能ってこと?お前普段何もしてないだろっ言いたいの?そうゆうことよね?」
ピキキ
「ははは。ただの役割分担さ。普段は料理以外やってくれて」
「ちょっと待って今笑ったよね。はははって笑った。なんで笑うの?私こんなに真剣なのに?真面目に聞いてないってことでしょ?私が馬鹿だって言いたいんでしょ!?ひどい!!!!!」
「いや」
「『いや』って言った!!!『いや』って!!否定した!!私の言うこと頭から否定したよね!?私を否定したよねえ!??私の存在を否定したぁあ!!!!私はこの世に必要のない透明で無価値なものなんだって!!!」
「だから」
「『だから』って!??『だから』って何よ!だからお前に話をしたって何一つわかりゃしないってことでしょ!お前のような社会のカスとは会話するのも無駄だって!話も分からぬ阿呆で愚鈍でグズな間抜けだって蔑んでるんだ!!」
「あの」
「いやぁぁぁーー!!!遮ったああ!!私の話を遮ったぁ!!!まだ終わってないのに遮ったぁ!!やっぱり私の話なんか聞く価値もないって思ってんだぁあ!!オツムの弱い私の話なんか聞き気ないんだぁあ!!中身からっぽで思慮の足りない浅はかで卑しくて下劣でさもしくて獣にも虫にも劣る地球カースト最下位たる私の話なんかあああ!!!」
「ちょ」
「あ”あ”あ”あ”あ”あ”何よその目ぇええ!!何よその口ぃいい!!その顔ぉぉ!!表情ぉおお!!すべてが私を見下してえええ!!!その憐れむ視線と無言の圧で私という生き物を薄汚いブタのように貶めて!空虚で空疎な厚顔無恥で愚鈍と卑賤が絡み合う嘲笑と軽蔑にまみれた矮小な人生に意味を見出すのは遥かなる宇宙の法則を紐解くよりも困難だと言いたげで」
「」
「穢りに汚れた血肉には細胞すべてに欠陥品の烙印が刻まれてそれでも辛うじて人の形を保っていられるのは神の気紛れでも悪魔の悪戯でもなく 母なる海に大地に忘れ去られてただけの奇跡と呼ぶにもおこがましいただひたすら偶然の重なりによる怪異に過ぎず
息を吸うごとに命とはかくも不平等であることをわからされ息を吐くごとに貴重な星の資源を無駄に消費することへの嫌悪と謝罪の念を抱いては絶望することを繰り返し せめて祝福されて生まれた者たちに優越性を認識してもらうための肥料あるいは養分となれないかと願うも光のもとを歩く者たちが地中深くに沈む泥の雫に意識を向ける道理はなく
自らこの存在を消そうにも魂抜けてもなお残るこの醜い肉の塊が清潔で清浄な地球を冒涜してしまうのは耐えがたく何も行動できず何も決断できず何も進められず何も変えられず何も残せず何も創れず何も為せず 嫉妬も羨望もあらゆる感情を抱くことが許されないこと承知の上でも詫びることだけはそう詫びだけはこの世のあらゆる皆様に詫びることだけはさせていただけないかとその1点のみで生きてきた私と結婚してくれた
そんなあなたが大好きーーー!!!」
チン
グラスが合わさり乾杯の軽快な音が鳴った。
ワインの水面がふわりと踊り、芳醇な香りが食卓を華やかに彩る。
その芳しさに酔いしれるように夫はニコリと微笑み、妻に語りかけた。
「ありがとう。これからもよろしくね。」
二人でワインを口にする。
フルーティな甘みがほのかな酸味を包み込み、舌と心をじんわりと癒した。
出会った頃の甘い思い出を想起させるような味に自然と口元が緩む。
妻は夫に寄り添い、そっと囁いた。
「これから『も』高価なワインを毎日用意しろと・・・?」 ピキィ
(おわり)
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