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「よう」  俺は性懲りも無く、この部屋に来た。部屋に入った俺に見向きもせず、笑顔で新聞を見ながら大戸はそう答えた。 「おお、そうだ。忘れねえうちにしっかり薬を飲まねえとな」  大戸はそう言うと、錠剤をシートから取り出して雑に口に放り込んだ。段々と、顔から笑顔が消えていく。 「何しに来た?もう来ないと思ってたぞ」  そう言うが、ここに来るのはたった3日ぶりである。 「いや、カウンセラーのアドバイスをしっかりと活かそうと思って」 「それはお前の自己満足か?」 「勿論」 「そうか。で、何すんだよ?」 俺は先日大戸から言われた事を実行することに決めた。論理破綻も甚だしいアドバイスだったが、あれは俺にとって正に蜘蛛の糸のように自分を地の底から引き上げる様な、いや、もはや天から巨大な手が降りて来て掴み上げるようなパワーがあった。 「実は、家を出てきた」 「は?」  初めてこいつが困惑する所を見た気がする。 「自分で変えろって言ってただろ?だから必要な荷物だけ持って家を出てきた」  大戸はもう表情を戻すと、ふーんと言ってこちらを向いた。 「で、だからどうすんだよ」 「言い出しっぺだから、まず初めにお前に迷惑をかける事にした」 「おいおい、そりゃどう言う事だ?」  どこか俺の回答を期待する様な声色で、大戸が聞き返してくる。見透かされているか分からないが、堂々と答えてやろう。 「家出して、お前の家に転がり込ませて貰う」  一瞬、静寂が流れる。しかし、程なくして笑い声が部屋に響いた。 「こりゃ一本取られたな。お前に言った手前、それを却下するのも出来ねえし、まさかカウンセラーの家に転がり込もうだなんて学生なんていると思わねえだろ!!俺の負けだな。こんなバカはお前しかいねえよ」 先程薬を飲んでいたので笑う必要は無かったはずだったが、大戸はそう言って笑っていた。 「じゃあ、これからもよろしく」  俺も笑顔になり、そう言って大戸に握手を求めた。 「何笑ってんだ、死ぬわけじゃあるまいし」  大戸はそう言いながら、俺の手を握った。
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