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「結局、見本って何のことだったんだよ」
翌日俺は、またこの部屋に訪れていた。
あの後、大した会話もせずファミレスを出たせいで結局本当の目的が分からなかったので開口一番に大戸に聞いた。
「お前、あれを見て分からなかったのか?」
すっかり笑顔に戻っている大戸は呆れた様な、上機嫌の様な声を出した。
「あれはな、生き方の見本だ」
「生き方の見本?」
いきなり胡散臭い事を言うので、素っ頓狂な声をあげてしまう。
「ああ、生き方だ。お前はこれからああやって生きていけ」
「まさか、店員にいちゃもんを付けたり、使えないって言えって言うのか?」
「別にそれとは限らねえけど、要は適度に人に迷惑をかけて生きていけ」
生きていれば人に迷惑をかけるのだから、という言葉は心理カウンセラーの常套句だと思うが、この場合は明らかに意味合いが違う様に聞こえた。
「お前は何か勘違いしてるみてえだけど、お前が人に迷惑をかけない様に親やバイト先の人間の言いなりになったり、仕事をしなかった所でそいつらはまた別のいちゃもんを付けてくるからな。
例えば、使えないと言われたからバイトを辞めればそいつらは「大学生にもなってバイトもしないなんて恥ずかしく無いのか」とか難癖を付けてくるに決まってるだろ。なら、思う存分迷惑かけてやれ。どうせお前の行動の結果生まれた迷惑なんて国に迷惑かけるほどの影響なんてねえんだから。」
「それが昨日の事とどう繋がってくるんだよ」
「俺も昨日石井って奴にいちゃもんをつけて、客の前で晒しあげてやったが、大して迷惑なんてかかってないだろ?迷惑被ったのは本人と、せいぜいまだ料理が届いてない客位だ。そして、石井って奴も注文を間違えただけで大して迷惑をかけてねえんだよ。せいぜい、俺の料理が遅れたくらいだ。まあ、いちゃもんなんだけどな」
結局、いちゃもんだったのか。
「でも、俺に怒られてるだけで随分悔しそうだっただろ?世の中所詮そんなくだらねえ奴しかいねえんだよ。そして、お前もそのくだらねえ奴だ」
「俺にどうしろってんだよ」
「要はよ、お前はちょっとの事で死にやしねえんだから全部お前から行動してみろよ。お前が悩んでた「親が理解してくれない」とか「友達が少ない」とか「仕事ができない」とか全部お前が変えりゃいいだろ。今すぐ家出しても良いし、友達作りはそこらへんの奴ら捕まえてパチンコか競馬場にでも引きずっていけ。仕事はごちゃごちゃ言われりゃ皿でも顔面に投げつけてやれ」
「・・・めちゃくちゃだ」
「でも、お前なら出来んだろ?俺は薬を飲まなきゃ最悪死ぬからな。迂闊な事は出来ねえし行動には制約があんだよ。だから、お前みたいな人間が何も出来ねえなんて事はねえよ」
彼は相変わらず笑っている。ただ、笑っているだけだ。
「大戸も、常に笑える様に自分から楽しい事を探せば良いだろ」
俺は少し揚げ足を取るように意地の悪い返しをした。
「あのな、楽しい事を探している時点で、それは楽しくねえし、笑えねえだろうが」
大戸はそう言って笑った。今度はしっかりと笑っている様に見えた。
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