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18
次の日、起きたら身体がだるかった。熱っぽいので、案の定風邪を引いたらしい。
しかし寝室に一人でいる事が嫌で、リビングに毛布を持ってきて包まる。
「……さむ」
起きてから暖房をつけたけれど、悪寒が止まらない。これはヤバいぞ、と体温計を探すけれど、どこにあるのか分からず、諦めた。
すると、スマホが震える。亮介からの電話だ。
「もしもし?」
『……おはよう櫂斗。何か元気ないな、どうした?』
亮介は櫂斗の声色に気付いたようだった。いきなり聞かれて、櫂斗はドキリとする。
「ん……風邪引いたかもしれない。この時期だし、うつるといけないから治るまで来ない方がいいかも」
普通の風邪ならともかく、もしインフルエンザなら余計に会わない方がいいだろう。そう思って言うと、亮介は熱が高いのか? と聞いてくる。
「……それが、体温計が見当たらなくて。どこにしまってあるのか分からない……元々無いのかもしれないし」
櫂斗はそう言うと、亮介は分かった、欲しいものは無いか? と聞いてくる。
「え? だから、来ない方が良いって……」
『食料も無いだろ? 買いに行けるのか?』
そう言われて櫂斗は黙った。そして素直にお願いします、と言うと亮介は機嫌良さそうに返事をした。
櫂斗は通話を切ると、ため息をつく。こんなにすぐに風邪を引くとは、まだ本調子じゃないんだな、とそのままウトウトした。
次に目が覚めた時、櫂斗はスマホの着信で起き上がった。また亮介からだ。
『家に着いたけど、インターホン鳴らしても出ないから』
そう言われて、どうやら心配させてしまったらしい、とフラフラと玄関へと向かう。
鍵を開けると、そっと亮介が入ってきた。
「ああ……だいぶ顔色が悪いな」
顔を見るなりそう言われ、荷物をその場に置いた亮介に肩を抱かれてリビングに戻る。ソファーに座らされ、毛布をかけられ、寝てろ、と額に手を当てられ──顰め面された。
「熱も高そうだな……荷物片付けるから、熱計って待ってろ」
そう言って、亮介は置いた荷物を取りに行く。戻ってきた彼に体温計を渡されて、素直にそれを脇に挟んだ。
(何か、至れり尽くせりだな……)
そう思いながらまたウトウトしていると、体温計のアラームで起こされる。見ると、三十八度を超えていた。体温計を見に来た亮介は眉間に皺を寄せる。
「病院行くか?」
「そう、だね……」
その方がいいだろう、と櫂斗は目を閉じて天井を仰いだ。熱があると意識したら、急にしんどさが増したような気がする。
「何か、昨日今日と、お世話になりっぱなしだね……」
病院へ出かける準備をして呟くと、亮介は振り向いて苦笑した。
「こんなもんで、俺が櫂斗にした事の罪を償えると思えないけどな」
それに、櫂斗が完全復帰するまでそばにいるって決めたから、と亮介はふらつく櫂斗を支える。
「……」
櫂斗は何て言って良いか分からず、口をつぐんだ。亮介は櫂斗の頭をポンポンと撫で、二人共自宅を出る。
亮介の運転で病院に着き診察を受けると、インフルエンザではなく、風邪だと診断された。ひとまず安心して戻ってくると、櫂斗はまた悪寒がしてくる。
「寝室で休んだら? 俺は邪魔でなければ、ここで仕事するから」
「……分かった」
櫂斗はそう言って、大人しく寝室に向かった。しかし、ドアを開けたところで、昨日一瞬蘇った記憶を思い出し、回れ右してリビングに戻る。
「どうした?」
「……何か……昨日もだけど、寝室に行くと嫌な記憶が出てきそうで……」
あまり眠れなかった、と言うと亮介は苦しそうな顔をして、櫂斗を抱きしめた。
「……ごめんな」
櫂斗はその温かさにホッとして、亮介を抱きしめ返した。
亮介は本当に後悔している。それは彼の行動でも分かる。そして今櫂斗が頼れる人は、亮介と波多野くらいしかいないのだ。亮介に辛い顔をして欲しくないと思った。
「じゃ、ソファーで寝るか?」
「……仕事の邪魔じゃない?」
「何言ってんだ、櫂斗の家だろ?」
亮介は櫂斗の腰を抱き、ソファーに座らせる。彼は櫂斗に毛布を掛けて、そばに座った。その眼鏡の奥の優しい瞳に、櫂斗はキュンとする。
「亮介……」
「ん?」
「キスしたいけど、風邪うつるかな?」
どうやら櫂斗は精神的にも弱っているらしい。寂しいと思ったり、人の温もりが恋しかったり……亮介にいて欲しいと思うのだ。
「……今はこれで我慢してくれ」
そう言うと、亮介はおでこにキスをした。それが心地よくて、櫂斗はそのままウトウトとまどろみ始める。
一度記憶喪失になると、その記憶を取り戻す事は難しいと聞いた。櫂斗の身体も、記憶を取り戻したいのと、取り戻したくないのと、半々なような気がする。
すると、微かな意識の中で髪の毛を梳かれた。これも前にされた事があるな、と何となく思う。そして、嫌な思い出ばかりじゃないのかも、とも。
そんなことを思いながら、櫂斗は眠った。
◇◇
次に目が覚めると、亮介がキッチンで何かを作っていた。
櫂斗は起き上がると、身体はだるいものの、悪寒は無いのでホッとする。
「亮介?」
「ん? ああ起きたか。買い物行って食材買ってきた。朝から何も食べてないだろ? 今作ってるから待ってろ」
本当に至れり尽くせりだな、と櫂斗はソファーから降りると、亮介のそばに行く。
「休んでな、まだ熱が高いんだから」
「ん……なんか、そばにいたくて……」
櫂斗は亮介の後ろから抱きつく。火を使ってるから離れろ、と言われるけれど、離れる気が出ない。
「櫂斗」
優しく咎めるような声がして渋々離れると、櫂斗はソファーに座った。亮介はすぐに火を止め、それを丼に移している。
「何を作ってくれたの?」
「うどん」
櫂斗は、なるほど消化もいいしね、と運ばれてくるのを待った。時計を見ると十二時を過ぎていたので、亮介もお昼ご飯にするのだろう、二つの丼が運ばれてきた。
「料理、普段からするの?」
「いや、普段は牛丼屋に行ってる。……前も似たような会話をしたな」
亮介が笑うので、櫂斗も笑った。
「なんだ、悪い記憶ばかりじゃないじゃん」
「……そうだな。……櫂斗が作ってくれた料理は美味しかったよ」
そして二人でうどんをすする。朝よりは体調が良いせいか、ツルツルとうどんが入っていった。
「ん、美味しい」
素直な感想を言うと、亮介は微笑む。櫂斗はその顔も良いな、と素直に思った。
(というか、亮介って結構イケメン……)
いかにもな理系男子という感じだが、知的だなと思うのはやはり目力の強さだろうか。波多野もそんな印象だったな、と思っていると、亮介と目が合った。
「どうした?」
「あ、いや、何でもない」
慌てて視線をうどんに戻してすする。しかし亮介はまだ櫂斗を見ていて、その視線の強さにドキドキしてしまう。
(あ、あれ……?)
櫂斗は勝手に身体が熱くなっていくのを感じた。何でだろう、とうどんの汁も全部飲み干すと、ごちそうさまとそのまま毛布を頭までかぶって横になる。
「櫂斗」
静かな亮介の声がした。櫂斗は顔を出さずに、なに、と答える。
「少しは元気が出てきたみたいだな」
からかうような声に、気づいたのか、と顔が熱くなった。というか、どうして分かったのだろう?
櫂斗が何も言えずにいると、丼を片付ける音がする。ありがとう、と言うとフッと笑う声がした。
その後はまたソファーで眠って起きてを繰り返し、夕飯を食べる頃には熱もだいぶ下がっていた。
「退院早々大変だったな」
微熱まで下がって良かった、と亮介はホッとしている。櫂斗もそうだね、と食卓に着いた。ちなみに夕飯は、カレー雑炊だ。
「塾の面接はいつなんだ?」
「落ち着いたら連絡欲しいってだけで、これから日程決めるよ。……怪我以外の事も心配されたから」
「……そうか」
正直に言うと、亮介は少し気にしてしまったらしい。それから黙々と箸を進める。
「ねぇ亮介。おれは記憶が無いから、必要以上に気にする事はないよ? 今だって、ただ流されてる訳じゃなく……ちゃんと自分で決めて亮介といるんだし」
櫂斗は亮介が気にしているであろう事を、分かっていると伝えたかった。
「ああ……ただ、本当に後悔してるんだ」
亮介は目を伏せる。櫂斗は、やり過ぎても反省していないどころか、逆ギレした母親とは大違いだ、と何故かそう思ってしまった。
落ち込む亮介に、櫂斗は笑いかける。でも、彼の表情は晴れないままだ。
「亮介、好きだよ。多分記憶喪失になる前も、好きだったんだなって思うし」
櫂斗はそう言うと、亮介は苦笑した。もうこのネタはよそう、と再び箸を進める。
夕飯を食べ終わると、亮介が片付けてくれた。櫂斗は薬を飲んで一息つくと、亮介はパソコンを片付け始める。
「帰る?」
「ああ。俺がいると落ち着いて寝られないだろ」
どうやら亮介は、昼間ソファーで寝て起きてを繰り返していた櫂斗を見て、そう言ったらしい。多分原因はソファーで寝ていたからだと思うけど、と櫂斗は言うと、彼は櫂斗の頭をわしゃわしゃと撫でた。
櫂斗は思わずその手を掴んでしまう。
「……櫂斗?」
櫂斗は視線を逸らした。顔が熱くなっていくのが分かり、いたたまれなくなってくる。
「…………本当に、帰るの?」
寂しい、もっと一緒にいたい。櫂斗はそんな気持ちが一気に膨らみ、亮介の手をギュッと握る。
「あ、いや、やっぱり今の忘れて? 熱で弱ってるみたいだから……」
そう言いつつ、櫂斗は亮介の手を離せなかった。
「櫂斗……もしかしてお前、したいのか?」
亮介にいきなりそう言われ、ドキリとする。そしてそのままカーッと身体が熱くなり、その顔色の変化に亮介も気付いた。
「……昼間も少し意識してたもんな」
そう言う亮介はいたって普通だ。櫂斗は病院で亮介にイカされて以来、自分で触ることもしていなかった。その余裕が無かったというのが正しいけれど、退院した途端にそうなるとは、恥ずかしい。
「……じ、自分でもあれ以来してなくて……ダメかな?」
目を合わせられないままボソボソと言うと、亮介は分かった、と言って櫂斗をソファーに座らせる。亮介も隣に座っておでこにキスをした。
「まだ熱あるんだから、櫂斗だけな」
「え、でも……」
反論しようとした口は、キスで塞がれる。それと同時に、服の下に手が滑り込んできて、下着の上から胸を撫でられた。
「あ……」
(気持ちいい……)
徐々に性感を高めていくキスと愛撫に、櫂斗は身を委ねる。
櫂斗は目を閉じた。
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