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 次の日、起きたら身体がだるかった。熱っぽいので、案の定風邪を引いたらしい。  しかし寝室に一人でいる事が嫌で、リビングに毛布を持ってきて(くる)まる。 「……さむ」  起きてから暖房をつけたけれど、悪寒が止まらない。これはヤバいぞ、と体温計を探すけれど、どこにあるのか分からず、諦めた。  すると、スマホが震える。亮介からの電話だ。 「もしもし?」 『……おはよう櫂斗。何か元気ないな、どうした?』  亮介は櫂斗の声色に気付いたようだった。いきなり聞かれて、櫂斗はドキリとする。 「ん……風邪引いたかもしれない。この時期だし、うつるといけないから治るまで来ない方がいいかも」  普通の風邪ならともかく、もしインフルエンザなら余計に会わない方がいいだろう。そう思って言うと、亮介は熱が高いのか? と聞いてくる。 「……それが、体温計が見当たらなくて。どこにしまってあるのか分からない……元々無いのかもしれないし」  櫂斗はそう言うと、亮介は分かった、欲しいものは無いか? と聞いてくる。 「え? だから、来ない方が良いって……」 『食料も無いだろ? 買いに行けるのか?』  そう言われて櫂斗は黙った。そして素直にお願いします、と言うと亮介は機嫌良さそうに返事をした。  櫂斗は通話を切ると、ため息をつく。こんなにすぐに風邪を引くとは、まだ本調子じゃないんだな、とそのままウトウトした。  次に目が覚めた時、櫂斗はスマホの着信で起き上がった。また亮介からだ。 『家に着いたけど、インターホン鳴らしても出ないから』  そう言われて、どうやら心配させてしまったらしい、とフラフラと玄関へと向かう。  鍵を開けると、そっと亮介が入ってきた。 「ああ……だいぶ顔色が悪いな」  顔を見るなりそう言われ、荷物をその場に置いた亮介に肩を抱かれてリビングに戻る。ソファーに座らされ、毛布をかけられ、寝てろ、と額に手を当てられ──顰め面された。 「熱も高そうだな……荷物片付けるから、熱計って待ってろ」  そう言って、亮介は置いた荷物を取りに行く。戻ってきた彼に体温計を渡されて、素直にそれを脇に挟んだ。 (何か、至れり尽くせりだな……)  そう思いながらまたウトウトしていると、体温計のアラームで起こされる。見ると、三十八度を超えていた。体温計を見に来た亮介は眉間に皺を寄せる。 「病院行くか?」 「そう、だね……」  その方がいいだろう、と櫂斗は目を閉じて天井を仰いだ。熱があると意識したら、急にしんどさが増したような気がする。 「何か、昨日今日と、お世話になりっぱなしだね……」  病院へ出かける準備をして呟くと、亮介は振り向いて苦笑した。 「こんなもんで、俺が櫂斗にした事の罪を償えると思えないけどな」  それに、櫂斗が完全復帰するまでそばにいるって決めたから、と亮介はふらつく櫂斗を支える。 「……」  櫂斗は何て言って良いか分からず、口をつぐんだ。亮介は櫂斗の頭をポンポンと撫で、二人共自宅を出る。  亮介の運転で病院に着き診察を受けると、インフルエンザではなく、風邪だと診断された。ひとまず安心して戻ってくると、櫂斗はまた悪寒がしてくる。 「寝室で休んだら? 俺は邪魔でなければ、ここで仕事するから」 「……分かった」  櫂斗はそう言って、大人しく寝室に向かった。しかし、ドアを開けたところで、昨日一瞬蘇った記憶を思い出し、回れ右してリビングに戻る。 「どうした?」 「……何か……昨日もだけど、寝室に行くと嫌な記憶が出てきそうで……」  あまり眠れなかった、と言うと亮介は苦しそうな顔をして、櫂斗を抱きしめた。 「……ごめんな」  櫂斗はその温かさにホッとして、亮介を抱きしめ返した。  亮介は本当に後悔している。それは彼の行動でも分かる。そして今櫂斗が頼れる人は、亮介と波多野くらいしかいないのだ。亮介に辛い顔をして欲しくないと思った。 「じゃ、ソファーで寝るか?」 「……仕事の邪魔じゃない?」 「何言ってんだ、櫂斗の家だろ?」  亮介は櫂斗の腰を抱き、ソファーに座らせる。彼は櫂斗に毛布を掛けて、そばに座った。その眼鏡の奥の優しい瞳に、櫂斗はキュンとする。 「亮介……」 「ん?」 「キスしたいけど、風邪うつるかな?」  どうやら櫂斗は精神的にも弱っているらしい。寂しいと思ったり、人の温もりが恋しかったり……亮介にいて欲しいと思うのだ。 「……今はこれで我慢してくれ」  そう言うと、亮介はおでこにキスをした。それが心地よくて、櫂斗はそのままウトウトとまどろみ始める。  一度記憶喪失になると、その記憶を取り戻す事は難しいと聞いた。櫂斗の身体も、記憶を取り戻したいのと、取り戻したくないのと、半々なような気がする。  すると、微かな意識の中で髪の毛を梳かれた。これも前にされた事があるな、と何となく思う。そして、嫌な思い出ばかりじゃないのかも、とも。  そんなことを思いながら、櫂斗は眠った。 ◇◇  次に目が覚めると、亮介がキッチンで何かを作っていた。  櫂斗は起き上がると、身体はだるいものの、悪寒は無いのでホッとする。 「亮介?」 「ん? ああ起きたか。買い物行って食材買ってきた。朝から何も食べてないだろ? 今作ってるから待ってろ」  本当に至れり尽くせりだな、と櫂斗はソファーから降りると、亮介のそばに行く。 「休んでな、まだ熱が高いんだから」 「ん……なんか、そばにいたくて……」  櫂斗は亮介の後ろから抱きつく。火を使ってるから離れろ、と言われるけれど、離れる気が出ない。 「櫂斗」  優しく咎めるような声がして渋々離れると、櫂斗はソファーに座った。亮介はすぐに火を止め、それを丼に移している。 「何を作ってくれたの?」 「うどん」  櫂斗は、なるほど消化もいいしね、と運ばれてくるのを待った。時計を見ると十二時を過ぎていたので、亮介もお昼ご飯にするのだろう、二つの丼が運ばれてきた。 「料理、普段からするの?」 「いや、普段は牛丼屋に行ってる。……前も似たような会話をしたな」  亮介が笑うので、櫂斗も笑った。 「なんだ、悪い記憶ばかりじゃないじゃん」 「……そうだな。……櫂斗が作ってくれた料理は美味しかったよ」  そして二人でうどんをすする。朝よりは体調が良いせいか、ツルツルとうどんが入っていった。 「ん、美味しい」  素直な感想を言うと、亮介は微笑む。櫂斗はその顔も良いな、と素直に思った。 (というか、亮介って結構イケメン……)  いかにもな理系男子という感じだが、知的だなと思うのはやはり目力の強さだろうか。波多野もそんな印象だったな、と思っていると、亮介と目が合った。 「どうした?」 「あ、いや、何でもない」  慌てて視線をうどんに戻してすする。しかし亮介はまだ櫂斗を見ていて、その視線の強さにドキドキしてしまう。 (あ、あれ……?)  櫂斗は勝手に身体が熱くなっていくのを感じた。何でだろう、とうどんの汁も全部飲み干すと、ごちそうさまとそのまま毛布を頭までかぶって横になる。 「櫂斗」  静かな亮介の声がした。櫂斗は顔を出さずに、なに、と答える。 「少しは元気が出てきたみたいだな」  からかうような声に、気づいたのか、と顔が熱くなった。というか、どうして分かったのだろう?  櫂斗が何も言えずにいると、丼を片付ける音がする。ありがとう、と言うとフッと笑う声がした。  その後はまたソファーで眠って起きてを繰り返し、夕飯を食べる頃には熱もだいぶ下がっていた。 「退院早々大変だったな」  微熱まで下がって良かった、と亮介はホッとしている。櫂斗もそうだね、と食卓に着いた。ちなみに夕飯は、カレー雑炊だ。 「塾の面接はいつなんだ?」 「落ち着いたら連絡欲しいってだけで、これから日程決めるよ。……怪我以外の事も心配されたから」 「……そうか」  正直に言うと、亮介は少し気にしてしまったらしい。それから黙々と箸を進める。 「ねぇ亮介。おれは記憶が無いから、必要以上に気にする事はないよ? 今だって、ただ流されてる訳じゃなく……ちゃんと自分で決めて亮介といるんだし」  櫂斗は亮介が気にしているであろう事を、分かっていると伝えたかった。 「ああ……ただ、本当に後悔してるんだ」  亮介は目を伏せる。櫂斗は、やり過ぎても反省していないどころか、逆ギレした母親とは大違いだ、と何故かそう思ってしまった。  落ち込む亮介に、櫂斗は笑いかける。でも、彼の表情は晴れないままだ。 「亮介、好きだよ。多分記憶喪失になる前も、好きだったんだなって思うし」  櫂斗はそう言うと、亮介は苦笑した。もうこのネタはよそう、と再び箸を進める。  夕飯を食べ終わると、亮介が片付けてくれた。櫂斗は薬を飲んで一息つくと、亮介はパソコンを片付け始める。 「帰る?」 「ああ。俺がいると落ち着いて寝られないだろ」  どうやら亮介は、昼間ソファーで寝て起きてを繰り返していた櫂斗を見て、そう言ったらしい。多分原因はソファーで寝ていたからだと思うけど、と櫂斗は言うと、彼は櫂斗の頭をわしゃわしゃと撫でた。  櫂斗は思わずその手を掴んでしまう。 「……櫂斗?」  櫂斗は視線を逸らした。顔が熱くなっていくのが分かり、いたたまれなくなってくる。 「…………本当に、帰るの?」  寂しい、もっと一緒にいたい。櫂斗はそんな気持ちが一気に膨らみ、亮介の手をギュッと握る。 「あ、いや、やっぱり今の忘れて? 熱で弱ってるみたいだから……」  そう言いつつ、櫂斗は亮介の手を離せなかった。 「櫂斗……もしかしてお前、したいのか?」  亮介にいきなりそう言われ、ドキリとする。そしてそのままカーッと身体が熱くなり、その顔色の変化に亮介も気付いた。 「……昼間も少し意識してたもんな」  そう言う亮介はいたって普通だ。櫂斗は病院で亮介にイカされて以来、自分で触ることもしていなかった。その余裕が無かったというのが正しいけれど、退院した途端にそうなるとは、恥ずかしい。 「……じ、自分でもあれ以来してなくて……ダメかな?」  目を合わせられないままボソボソと言うと、亮介は分かった、と言って櫂斗をソファーに座らせる。亮介も隣に座っておでこにキスをした。 「まだ熱あるんだから、櫂斗だけな」 「え、でも……」  反論しようとした口は、キスで塞がれる。それと同時に、服の下に手が滑り込んできて、下着の上から胸を撫でられた。 「あ……」 (気持ちいい……)  徐々に性感を高めていくキスと愛撫に、櫂斗は身を委ねる。  櫂斗は目を閉じた。
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