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4
目が覚めると、出勤の時間は大幅に過ぎていた。しかし、櫂斗は起きる気力もなく、布団の中でお腹を押さえて丸まる。
案の定、中に出されたアレが残っていたらしい、お腹が痛い。
ともあれここから出ないと、と起き上がる。とりあえず、今日は仕事する気力もないので休む事にし、学校に連絡すると、すごく心配されてしまった。櫂斗の先生としての信頼は厚いらしい。夕方からの塾までには、体調が回復していればいいな、と櫂斗はベッドから降りる。
着替えようと脱ぎ捨てられたままの服を拾うと、ローテーブルの上にお金とメモ書きが置いてある事に気付く。
メモ書きにはスラリとした文字で、こう書かれていた。
『足りなかったら請求しろ』
どうやらお金の事らしい。充分足りてる金額が置いてあるので、律儀な櫂斗は、お釣りを渡さないといけないじゃないか、とうんざりする。
櫂斗はため息をついた。
「何回付き合えば気が済んでくれるんだろ?」
しばらくは俺専用で、と言った亮介の言葉を思い出してしまい、後ろが疼いてお腹が痛くなる。こんな目に遭うなら、しばらくは痴漢されるのも止めておくか、と服を着た。
ホテルを出て電車に乗り、自宅に着くとソファーに横になる。身体がだるくて熱っぽい。このまま本当に熱が出なければいいな、と櫂斗は少しそこで眠った。
◇◇
どれくらい寝ていたのだろう、スマホの着信で目が覚めた櫂斗は、起き上がってスマホを確認した。
SMSで届いたのは、亮介からだ。
『今日も塾の仕事だろ? 俺もホームページの打ち合わせで行くから、付き合えよ』
「……昨日の今日で何でまた……」
体調のせいだけでなく、目眩がした。あんなのに毎日付き合わされていたら、とてもじゃないけど身体がもたない。
『無理』
櫂斗はそれだけ返信する。するとすぐにまたスマホが着信を知らせる。
(アイツ、返信早すぎ)
確認すると、やはり亮介からだった。
『先生、本当に自分の立場、分かってる?』
やはりそうきたか、と櫂斗は大きくため息をついた。亮介に逆らえば、櫂斗が自ら痴漢をされに行ったことをバラされてしまう。それは非常にまずい。
『アンタのせいで非常勤の仕事休む羽目になった。塾も行けるか様子見してる』
正直に櫂斗の今の状態を送信すると、またすぐに返信が来た。無理やりにでも来いという催促だろうか、とうんざりしてメールを開くと、来ていた文章にドキリとする。
『大丈夫か?』
「……何で心配してる雰囲気出すんだよ……」
いっそ脅すなら、嫌いになるくらい徹底してくれ、と櫂斗はスマホをソファーに放った。
「……とりあえず、何か食うか」
そういえば、朝から何も食べていない。お腹も調子が悪いし、消化の良いものにしよう、と立ち上がる。
櫂斗はキッチンに立つと、鍋にご飯とお湯を入れる。それを火にかけお湯が沸騰したら、中華スープの素と醤油、塩コショウ、ごま油を適当に入れ、そこに卵を落としてかき混ぜる。卵があらかた固まったところで火を止め、刻みネギを散らしたら、適当おじやの完成だ。
ちなみに洗い物を増やしたくないので、櫂斗は鍋から直接食べる。身体の中から温まって、ホッとした。
そしたらなんだか動く気になってきたので、シャワーを浴びに浴室へ向かった。
シャワーを浴びた後には下腹に違和感はまだあるものの、だるさはほぼ取れていたので塾に行く準備をする。受け持っている授業の時間にさえ間に合えば、何時に出勤してもいいので、家にいるのも暇だし行くか、と自宅を出た。
マンションのエントランスを出ると、隣の一軒家に住んでいるおばあさんに会う。これからお仕事? 頑張ってねと言われ、愛想笑いで返事をした。
駅まで徒歩十分。歩いているうちに、下腹にあった違和感が少しずつ痛みに変わっていくのに気付き、櫂斗は顔をしかめた。
(マジか……やっぱり休んだ方が良かったかな)
でも、動けない程ではない。櫂斗は構わず足を進める。電車に乗り、塾に着くと、塾長が声を掛けてきた。
「堀内先生、顔色悪いけど大丈夫かい?」
「……ちょっと、お腹が痛くて」
櫂斗が愛想笑いを浮かべると、キリキリとお腹が痛んだ。失礼します、とトイレに立つと「何か変なものでも食べた?」と塾長が心配そうにしていた。
櫂斗は用を足すと、やっぱり下腹の違和感は消えず、お腹をさすってトイレから出ようとした。しかし出入口に見知った顔があって、思わず足を止める。
「思ったより元気そうだな」
「……何だよ、話なら向こうで……」
向こうでしていいのか? と問われ櫂斗は黙った。亮介は櫂斗の腕を掴むと、今しがた出た個室に櫂斗を押し込む。
「ちょ……と、何?」
まさかここでするんじゃないだろうな、と櫂斗は狭い個室で逃げようと、亮介の身体を押す。
(ヤバい、この状況……)
「声出すなよ。バレたくないんだろ?」
櫂斗の肩が震えた。強引にされるのも嫌いじゃない櫂斗は、この状況だけで身体が期待してしまう。
「……っ」
亮介の手が胸をまさぐる。じっと顔を見られながら、櫂斗は感じることを止められなかった。
亮介はフッと笑う。
「ここも弱いんだ? 昨日は触ってやらなくてごめんな」
「や、めろよ……」
櫂斗は身体を震わせながら、上がり始めた息を潜めるのに必死だ。亮介の手首を掴んで離そうとする。
「本調子じゃないからか、昨日よりエロい顔をしてるぞ?」
「……っ!」
ビクン、と櫂斗の肩が震えた。ワイシャツの上から、亮介が両方の乳首を探り当て、爪で引っ掻いてきたからだ。
「……っ、ん……っ」
櫂斗は首をフルフルと振った。ビクビクと身体が跳ね、息もどうしようもなく上がっていく。
「……ここだけでそんなに感じるの? 先生、本当にいやらしい身体してんのな」
耳元でそんな事を囁かれ、足から力が抜けそうになる。その膝が小刻みに震え、覚えのある感覚に櫂斗は思わず小声で声を上げた。
「だめ、だめ……イッちゃう……っ」
櫂斗は悶えながら天井を仰ぐ。
「乳首だけでイクのかよ。ホントいやらしい先生だなぁ」
「……っ! ……あ……っ!」
櫂斗は一瞬意識が飛び、ぎゅっと亮介のシャツを握った。その顔を、亮介は楽しそうに眺めている。
「また後でたっぷり可愛がってやるから、いい子にしてろよ?」
亮介はそう言って、櫂斗を置いて個室を出ていった。
櫂斗は口を塞いで荒い息を殺す。
どうしてこうも快感に弱いのだろう? そして亮介は、櫂斗の好みを知っているかのように、気持ちのいい事だけしてくる。
しかし、こんな所でこんな事をしていれば、バレるのは時間の問題だ。櫂斗は疼く身体を深呼吸で落ち着かせ、個室を出た。
その後、櫂斗は何とかいつも通り仕事をこなし、授業が終わったら早目に帰ることにする。
昨日のホテル代のお釣りを渡さないと、とも思ったけれど、連絡先を知っているし、会おうと思えば会える、と帰り支度をした。
しかし、校舎を出たところで亮介に声を掛けられる。
「堀内先生、もうお帰りですか? 俺も終わったんで、駅まで一緒に行きましょう」
櫂斗は亮介を睨みたかった。けれど生徒や保護者もいるところで、そんな顔はできない。
「駅って……すぐそこじゃないですか」
櫂斗は作り笑いをして亮介と一緒に歩き出す。元気に挨拶して追い抜かしていく生徒に手を振って、櫂斗たちは改札を通った。
櫂斗は自宅へ帰るホームへ行こうと、「じゃあこれで」と挨拶すると、その腕を掴まれる。
「何言ってんだ、こっち来い」
「ちょ……っ」
自分の行きたい方向とは逆方向へ腕を引っ張られ、櫂斗はやっぱり、とうんざりした。亮介は、このまま大人しく帰してくれるはずはないのだ。
「いい時間だし、どこかで飲まないか?」
亮介は、先輩か友達みたいな、そんな体で話しかけてくる。櫂斗は仕方なく会話を合わせた。
「いや、オレは酒はあんまり……」
「え、飲まないのか? 誘われたりするだろ?」
何でこんな話をするんだ、と櫂斗は思う。けれど黙ったままなのも気まずいので会話を続けた。
「まあ、その時はウーロンハイをちびちび飲んでる」
「……なんか目に浮かぶなぁ」
亮介はクスクスと笑う。はたから見たら、仲のいい先輩後輩とかに見えるのだろうか、と櫂斗はぼんやり思った。
「主に誰と行くんだ? 彼氏か?」
「……っ! はあっ?」
質問の内容に、思わず櫂斗は大きな声を上げてしまう。そこは普通、彼女じゃないのか、と櫂斗は声を落として言った。
「ま、普通はな。でも先生、女が好きって感じじゃないから」
「そうだとしてもアンタには関係ない」
結局その手の話になるのか、と櫂斗はイライラする。どうやら亮介は、櫂斗をからかうのが楽しいらしい、櫂斗が不機嫌になればなるほど、亮介の機嫌は良くなっていくのだ。
そこでふと、ホテル代の事を思い出した。櫂斗はお釣りが入った封筒を、無言で亮介に突き出す。
「……昨日のお釣り」
「ああ。タクシー代とかご飯代も入ってるから、そのまま貰っとけ」
「そこまでしてもらう理由がない」
櫂斗は改めて封筒を突き出した。しかし、亮介は受け取る気配が無い。
そこで、ホームに電車が入ってきた。騒がしくなったホームで、亮介は櫂斗の耳元で櫂斗だけに聞こえるように言う。
「中出ししたお詫びだ」
「……っ」
櫂斗は肩を震わせた。内容もそうだけれど、櫂斗が調子を悪くする事や、それに関する会話を嫌がっていた事に気付いていたらしい。
「だったら尚更もらえねぇよ」
何だかお金で解決しようとしているのが、櫂斗には許せなかった。櫂斗は仏頂面をしたまま、電車に乗り込む。しかし亮介の機嫌は良さそうで、本当にこの人はサドだな、と思った。
「……分かったって。律儀だなぁ、先生」
櫂斗がずっとぶすくれているのに、亮介はクスクス笑いながら封筒を受け取る。貸しを作りたくないだけだ、と言うと、「なんだ、それを理由に色々できると思ったのに」と亮介はそんな事を言った。
それから何故か二人は無言で電車に揺られる。櫂斗は隣にいる亮介をチラリと見上げた。男性としては背が低い方の櫂斗なので、亮介の身長は羨ましく感じる。せめて平均くらいは欲しかったな、とか考えていると、亮介は不意にこちらを見た。
「もう降りるから、残念ながらここではしないぞ」
そんな事を言われ、櫂斗は慌てて顔を逸らす。
「そんな事、思ってない」
「あっそ。その割には熱い視線だったけど?」
櫂斗の顔がカッと熱くなったところで、電車が駅に着いた。降りるぞ、と櫂斗は腕を掴まれ引っ張られる。
塾の最寄り駅から、櫂斗の自宅とは反対方向の一駅目。どこへ連れて行かれるのだろう、と櫂斗は素直に付いて行った。
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