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第一話
こんな時間にごめん。
ずいぶん前に、おやすみって電話を切ったのに、今すぐ伝えたいことができたんだ。
お芝居の役作りが気になって、あのあともずっと眠れなくてね。気晴らしに窓際に立ったら、いつのまにか雪が降っていた。
「死ぬとき」の気持ちが解らなくて、演技に自信をなくしていたおれは、ふと思い立って外に出てみたよ。シャツ一枚でコートも着ないでね。
山荘の扉を開けた途端、冷気がロビーに吹き込んできた。あまりにも冷たすぎて、寒いのを通り越して痛かったよ。それでも役作りのためだと思って、傘も持たずに外に出たんだ。
地面には足跡ひとつなくて、雪がすべての音を吸収している。
白く静寂の支配するそこは、まさに死の世界。ためらうことなくそこに立ち、両手を広げて空を見上げたんだ。
雪は音もなく降り続き、おれの身体にも舞い降りる。
それを見ていたら、不思議だね、雪が落ちてくるのか、自分が天に昇っていくのか解らなくなってきたよ。
痛いくらいの冷たい空気がおれの体温を奪い、降りてくる雪がおれに浮遊感を覚えさせる。
どれくらいそこに立っていたのかな。
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