身に染みて

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身に染みて

 芳江が入院して2日目の昼には、Yシャツの襟と袖が綺麗にならないと芳江にニャインを送ってみた。  襟と袖口には洗濯の前に塗っておく別の洗剤があるのだと言う。場所を聞いてその日からはその手順で洗った。  しかし、前の日に干してあったYシャツを見て愕然とした。  しわくちゃだ。  確か正志のYシャツは、芳江が家事の中では苦手というアイロンかけをしなくてもいい様に形状記憶シャツを買っていたはずなのに。  慌てて、洗濯中にまた芳江にニャインをした。  いくらアイロンいらずでも干すときにある程度のしわを伸ばして干さないと。と芳江から返事が返ってきた。  ええい!面倒な。選択一つとってもまともにできないのだ。  その夜は、洗濯を干した後、近所の遅くまでやっている居酒屋に行って夕食とも言えないつまみとお酒で夜を過ごした。  3日目の朝、初日に洗った少々くしゃくしゃのYシャツを着て、結構早く起きて、パンを焼いたが、目玉焼きかゆで卵が食べたい。ソーセージも食べたいし、冷蔵庫に残っている。  ゆで卵はまったくやり方が分からなかった。卵をゆでればよいのだろうが、時間などが読めなかったので、目玉焼きにした。  これくらいはできるだろうと思ったが、フライパンにくっついて、お皿にとるときにぐちゃぐちゃになってしまった。その上、フライパンも大層汚れた。  こんなことなら先にソーセージを炒めておけば良かったと思ったが、そのフライパンを洗うのも自分しかいなかったので、仕方なく水につけておいて夜洗う事にした。  問題はお昼だ。その為に今朝は早起きをした。  玉子焼きはこの調子では無理だが、冷凍のから揚げとプチトマト、ちくわだったら何とかなるだろう。  ご飯は昨夜、芳江にニャインをして教わった通りに炊いたから大丈夫。  と、炊飯ジャーを開けてびっくり。お米のままだった。  水を測って入れるところまではやったのに、炊飯スイッチを入れ忘れた。  もう、このごはんは夜食べるしかないと、そこから慌ててスイッチを入れた。  結局この日は会社の近くのコンビニでコンビニ弁当を買った。  その日の夜は帰りにコンビニで惣菜を買い、家で炊けていたご飯を久し振りに食べた。美味い。でも、総菜の味が濃い。芳江はいつもうす味だったんだなぁと改めて気づいた。  翌朝、今度こそと、ソーセージを先に痛めてから目玉焼きを焼いた。フライパンは鉄製だったので、ソーセージを焼いた時の熱と油で上手く熱くなっていて、目玉焼きも上手く焼けた。コーヒーもインスタントだが、スプーンでちゃんと粉を測って淹れたので美味しく飲めた。  さて、弁当だ。昨夜はちゃんとスイッチも入れたし、ご飯はばっちり。 すこしご飯を敷いて、醤油をつけた海苔を敷いて、その上にご飯を敷いて、上の海苔は片面だけ醤油をつけて蓋が汚れないようにする。ばっちりだ。  おかずは冷凍から揚げ。これは大丈夫。プチトマトは賞味期限が限界っぽいのでたくさん入れた。いつも芳江がしてくれるようにヘタはとってよく水を拭いた。こうしないとお弁当が腐るのよ。と話題になったことがあったから。  後はちくわだ。キュウリを大体に切ってちくわに詰めようとすると少し太かったようだ。無理やり詰めようとしたらちくわが破けてしまった。  穴のないちくわを渋々弁当箱に詰めた。  から揚げとプチトマトの多い変な色合いの弁当ができた。  その日のお昼、弁当を食べようとふたを開け、まずはご飯から食べようと箸をさした。何という事だろう。ご飯と海苔が全部つながって出てきてしまった。慌ててそのままご飯をかじると言うお行儀の悪いことになった。  なんだか情けなくなったが、とにかく弁当を完食して、仕事を終え家に帰った。  洗濯も一人だと二日に一回で良いことに気づいた。  ご飯に関してはあきらめて、夜は居酒屋。朝は何とか自分で。昼はコンビニ弁当で日を過ごした。  翌日は芳江が退院する日だ。さすがに有休をとって、病院に迎えに行った。  芳江の入院が10日間でよかった。と心から思った。  でも、帰宅したばかりは疲れているだろうからと、正志は芳江に寝ているように言ったが、芳江は、 「う~んとね。悪いんだけど、お部屋の窓を一回全部開けてくれる?」 「お休みの日も風を通さなかったでしょう?」  と言われてしまった。 「わかった。開けるから寝ておいで。」  と言ったが、 「うん。ありがとう。でも。私がいない間、掃除機一回もかけなかったでしょう?」  と、また言われてしまった。 「正志、家事の事わからないから、本当に心配だった。急に入院しちゃってごめんね。大変だったよね。」  と、病人だった芳江の方から謝られてしまった。  正志はその言葉を聞いて、不覚にもこの10日間の家事の大変さを思い出して泣きそうになった。 「掃除機は俺がかけるよ。ベッドからでいいから指示して。」  そういって、正志は掃除機を持っては見たもののコードがない。  芳江はこらえきれず笑って、お腹の傷を抑えた。 「痛た。笑わせないでよ。我が家の掃除機はコードレスよ。」 「今日は少し休ませてもらうね。でも、明日から無理しない程度に家事をしますから。掃除機も明日かけるからいいわ。今日はお寿司でもとりましょうか?」 『そうか!その手があったか。』  正志は、出前やデリバリーのある事も失念していた。 「うん。寿司いいな。なんか俺って本当に何にもできないやつなんだな。」 「芳江、これからもこんなにダメな俺の事、よろしく頼むよ。」  正志は、今度こそ本当に涙を浮かべて芳江の手を取った。 「あらあら。こちらこそ、家事しかできない私ですけどこれからもよろしくお願いします。」  芳江はそう言ってほろりと笑った。  今の正志は知っている。家事がどれだけ大変で煩雑で難しくて、簡単に家事しかできない。なんて言える女房を持ったことは誇りに値すると。    芳江の入院のおかげで、家事の大変さを知った正志はきっとこれからはもっと芳江の事を大切に思い、何かあった時に自分でもできるように、家事を少しずつでも教わる決心をしていた。  真っ先に聞いたのは海苔弁の作り方。ご飯が全部くっついてきたと白状したら、芳江は大笑いをした。 「海苔は小さく切って隅っこを重ねて入れるのよ。そうすればつながらないでしょう?。  一つ一つに工夫が必要な家事だが、もし、次の機会があったらお弁当だけはちゃんと作れそうだと正志は思うのだった。 【了】  
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