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ややこしいですが、ここでわたくしが口にしたアルゴスと言う者は身体中に目を持つ巨人。あのニオベとゼウス様の子供アルゴスの曾孫です。
ニオベの子供のアルゴスは憎いですが、曾孫の方のアルゴスはわたくしに忠実で良い子なんですのよ。
沢山の目は交代で眠るので、彼自身は常に起きている状態。見張りとしてピッタリな逸材ですわ。
持ってきた縄を付けてオリーブの樹に繋げば、牛はブルブルと小刻みに震えてゼウス様の方を見ています。
忌々しいメス牛。
そんな目で助けを求めたって、絶対に逃がしたりなどしません。
わたくしの神殿のすぐ側でだなんて。それもこの牛は恐らくは、わたくしに仕える女神官のイオ。何度も神託を授けているので、姿かたちを変えられたところで分からないはずなどありません。
主の夫と情を交わすなど、主人へ対するとんでもない裏切り行為。
そんな事になるくらいなら、アステリアの様に罰を下される覚悟で抵抗して逃げれば良かったものを。
そうしなかったのは、心のどこかでゼウス様に愛されたいという欲があったからに他なりません。
「さあゼウス様、日も暮れてきましたし、わたくし達は帰りましょう」
どうせ問い詰めた所でまたかわされて終わるに決まっています。ゼウス様がシラを切るおつもりなら、こちらもその嘘にのると致しましょう。
悔しがって怒り狂い泣き叫ぶ姿など、この女には見せたくありません。
それがわたくしの、妻としての意地ですわ。
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