Aの音が鳴り響いたら

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「みんな! 夢は持ってる?」  ステージ上でマイクを握り、大観衆を前にミドリは叫んだ。  会場が大きく揺れた。  それを満足そうに眺めたあと、隣を見る。  あんたは、どうなの? という視線を向けた。 「俺は、ギタリストに」 「もうなってるじゃない」  夫婦漫才のようなキレのあるツッコミに、観客が沸いた。 「まぁ、せっかくだから続きを聞こうかしら」  いたずらっぽい声に、会場中から煽る声が聞こえる。 「どんなギタリストになりたいの? 裕也」 「……まぁ、なんていうか、親父みたいな、偉大なギタリストに」 「え? それだけ?」  失笑だけが静かに起こり、裕也は恥ずかしそうに頭を掻いた。 「まぁいいわ。みんな知ってる? 裕也って、昔から、ギターで喋るのよ」  ミドリはそう言って、ステージの後方へ歩いていった。  すると会場は暗転し、裕也にスポットライトが当たった。  一人のギタリストが、大観衆の注目を浴びた。  夢のような光景だった。  誰もが、どんな音を奏でるのか、固唾を飲んで見つめている。  左手の指を弦の上に置き、一呼吸置くと、思い切り右手を振った。  明るい和音が響き渡る。  Aのコードからはじまり、ワクワクするような音が次々と奏でられていく。  リズムに合わせ、会場が揺れている。  マイクは通っていないが、美しい歌声が聞こえた。  歌っている。  大切な人が、気持ち良さそうに歌ってくれている。  夢が叶った。  これからも、叶え続けていく。  いくつあってもいい。  どんなやり方でもいい。  大事なことは、自分らしく叶えていくことだ。  そんな想いが届いたのか、会場から大きな拍手と歓声が沸き起こった。  ミドリは演奏を終えた裕也の隣に立ち、マイクを握った。 「みんな、この曲、今度私が主演のミュージカルの、テーマ曲なの。女優としてもがんばるから、これからもよろしくね!」  会場を包み込む大歓声に、裕也は満足そうに微笑んだ。 〈おわり〉  
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