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「あれ? 今日彼女は?」
「えっと……しばらく、お休みで」
「ふーん、そっか。じゃあまた来るね」
男性は去り際に「あ、そうだ」と申しわけなさそうに、空の缶に硬貨を投げ入れた。
あれからミドリは来ない。
露骨に客が減った。
しかし、弱音は吐いていられない。
自分で選んだことだ。
ギターを抱え、弦を押さえ、右手を振る。
奏でるのは、誰もが知るヒット曲だ。
聞けばテンションが上がり、生きる活力に繋がるような、アップテンポのメロディーが夜の街へ響き渡る。
明るい曲が好きになった。
楽しそうな客を、たくさん見てきた。
この街が、人々が、好きになった。
隣で、美しい歌声を響かせる姿を、何度も見てきた。
楽しそうな姿を、何度も見てきた。
その声が、明るい性格が──。
このまま、こんな日が続けばいいと、何度も何度も、夢に見た。
曲が終わり、空を見上げた。
目の前には誰もいない。
隣にも、誰もいない。
そんな現実から目を逸らすように、暗い夜空を見続けた。
これではスピーカーから音楽を垂れ流しているのと変わらない。
サラリーマンたちが、肩を組んで歩いて行く。
若い男女が、じゃれ合いながら通り過ぎる。
常連客が、そそくさと去って行く。
なにもなかった、そこには誰もいなかった。
そんな心の声が聞こえてくるようだった。
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