Aの音が鳴り響いたら

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──なんだよ、なんだってんだよ。  気持ちを紛らわすように、ギターをがむしゃらに弾いた。  ギターの穴から、感情が音となって、溢れるように、次々と出てくる。  止まらなかった。  このままギターと一緒に、なにもかも、壊れてしまえばいいと思った。  誰のために弾いていたと思っているんだ。  俺は誰のために、なんのために……。 「お兄さん、壊れちゃうよ? そんなことしたら」  誰かの声がした。  気にせず、音を掻き鳴らした。 「もう……なにやってるのよ」  自分でも、わからない。 「……本当に、わかりやすい人ね」  なにがわかる、なにがわかるって?  不協和音が響き渡る。  怒りと悲しみを孕んだ音が、大声で泣く子どものように、夜の街に響き渡る。 「まったく、私がいないとダメなんだから」  音が止まった。  顔を上げると、あたたかく優しい目が裕也を覗き込んでいた。 「ミドリ、俺……」 「ねぇ、裕也。私思ったの」  ミドリは震える裕也の手を握って言った。 「夢って、ひとつじゃなくてもいいんじゃないかなって」 「……」 「いっぱいあってもいいと思う。だから、叶え方もいっぱいあっていいと思う。変わったっていいと思う。大事なのは」  ミドリの言葉の続きは、奇しくも父の言葉と重なった。   「裕也は裕也らしく、裕也のやり方でやればいいのよ。それが一番幸せな夢の叶え方だから」  優しかった父の言葉がよみがえる。  話の終わりにいつも笑いながら言っていた。 『そんなことになるなんて、夢にも思ってなかったけどな』   「裕也、私あなたと、あなたの大切なギターと一緒に生きていきたい。だから、これからも──」  よろしくね。  そう言おうとしたミドリは、震える裕也の腕に包まれた。
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