Aの音が鳴り響いたら

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「あらお兄さん、素敵ね」  裕也は顔を上げた。  それを、アイシャドウで縁取られた目がおかしそうに覗き込む。 「でも、なんか辛気くさい顔してるわねぇ」  酒くさい。  また酔っ払い、しかも今度は若い女性だ。  演奏に集中するフリをすることにした。  夜の派手な女性は、苦い思い出がある。  後から出てきた男に因縁をつけられたことがある。 「ねぇ、聞いてるの?」 「あ、すみません。今、ギターの音を確認しながら弾いているので」  演奏しながら、チラッと女性の足元を見た。  ハイヒールの甲のあたりに、金色の飾りがあった。  見たことがある。  高級ブランドのものに違いない。 「ふーん、つまんないなぁ、お兄さん。暗いよ? さっきから」 「すみません」 「マイナーコードばっかり、弾いちゃってさ」 「え?」 「もっと明るい曲が聴きたいなぁ」  唐突に言われた音楽用語に、裕也は顔を上げた。 「お兄さん、Aのコード、鳴らしてくれる? メジャーコードね」 「はい?」 「できないの? そんなわけないわよね」 「は、はい……」
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