Aの音が鳴り響いたら

3/13
20人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ
 ネックを握り、中指、薬指、小指を弦の上に置いた。  続いて親指を一番太い六弦に触れさせ、あえて音が鳴らないようにする。  初めて父から教わったコードの押さえ方だ。  そのまま右手を振り、音を鳴らした。  明るく軽快な和音が、ギターの丸い穴から夜の街へ飛び出すように奏でられた。 「え?」  裕也は耳を疑った。  ギターの音にあわせて、女性の口からもまた、美しい歌声が発せられたのだ。 「そのまま、続けて」  戸惑いながらも、言われるまま裕也は右腕を振り、弦を鳴らした。  リズムを刻みながら、女性に問いかける。 「……お姉さん、もしかして」  その予感が当たっていることを示すように、女性は透き通る美しい声を発した。 「シンガー? いや……舞台の人ですか?」  女性は笑みを浮かべると、アイコンタクトを送ってきた。  なにを意味するのか、理解した。  そのままギターのコードを変える。  すると、歌声もそれに合わせ、美しく変化していく。  アドリブに、ピタリと合わせてくる。  二人の経験と勘が、シンクロしている。  深みのあるギターの音と美しい声が、お互いを引き立てあうように、響き渡る。  楽しくなってきた。  快感が、ギターからも伝わってくるようだった。  体全体でリズムを取り、たびたび目を合わせては、夜の街へ明るいメロディーを響かせていく。  すると、それを聞いた一人のサラリーマンが歩み寄ってきた。 「お? お姉さん、上手だね」  そこへ、二人組の女性が足を止めた。 「へぇ、すごーい」  若い男性のグループが、何事かと覗き込む。 「すげぇ……プロかな?」
/13ページ

最初のコメントを投稿しよう!