Aの音が鳴り響いたら

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 女性はポカンとした後、おかしそうに笑った。 「おもしろいこと言うね」 「すみません、変なこと言って」  焦る裕也を、女性は愉快そうに問い詰める。 「その夢は、今どこにあるの?」 「えっと、ここにあります」 「……どこに?」  女性は首を傾げた。 「今夢の中にいて、これから夢を叶えるんです。だから、えっと……夢を叶える夢を、買ったんです」 「夢を叶える夢……?」 「そうです、憧れている人がいて。僕はその人が夢を叶えるまでの話を聞くのが、大好きでした」  路上に自然と人が集まって、いろんな人が笑顔になって、繋がって、自然とその輪が大きくなっていって──。  聞いたままの話を、恥ずかしさを誤魔化すように、捲し立てた。 「だから僕も、そんな風になりたいんです。夢を叶えるまでの道のりが、夢なんです」 「……そう」  夜風が、女性の艶やかな毛先をそっと揺らした。 「え?」  からかうような顔をしていた女性が、気づけば目を伏せていた。  裕也を直視できないとでも言うように、街の方へ視線を向ける。  まずい、と思った。  なにか地雷のようなものを踏んだのかもしれない。  そう思わせるほど、無言の緊迫した空気が流れた。 「あの、すみません、僕──」 「私にも……買えるかな? その夢」  女性は、どこか儚い表情だった。  置き忘れた何かを見つめるような目で、夜の街をただ見つめていた。
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