Aの音が鳴り響いたら

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「お嬢さん、上手いねぇ」  カンカンと、缶の中で硬貨が跳ねた。 「もう一曲歌ってよ」  チャリンと、缶の中で硬貨同士がぶつかった。 「リクエストしてもいい?」  時には静かに一枚の紙幣が、舞い降りた。  連日続く盛況振りは、話題を呼んでいた。   「なぁミドリ、この曲知ってる?」  裕也は準備をしながら、練習してきた曲を演奏した。  ソロギターと呼ばれる、高度な技法だ。  伴奏と歌のメロディーの両方を、ギターのみで奏でていく。 「知ってるけど……裕也、あんた最近」 「ん?」 「態度が大きくなったわね」 「いいじゃん、俺の方が一つ歳上なんだから」  言いながら、左手でFコードを押さえた。  多くのギタリストが挫折すると言われる、六本の弦の全てを鳴らす押さえ方だ。  それを、一気に鳴らすのではなく、一音ずつ鳴らしていく。  鳴らされた音を途切らせることなく、次に鳴らした音と重ねていく。  アルペジオと呼ばれる弾き方だ。  美しい和音を構成する音達を、一つずつ鳴らしていく。  ミドリは、何か言いたそうに咳払いをしてから、歌声を乗せていった。  アルペジオは、明るい音のコードであっても、琴のように優雅な雰囲気を漂わせることができる。  美しい音色に合わせて歌うミドリを見て、裕也はクスッと笑った。  たしかに歌は上手いが、まだ若い女の子だ。  曲の雰囲気に、見た目が追いついていない。  それは裕也に安心感をもたらしていた。  同じように夢を追う者として、励みにもなっていった。 「さぁ、今日もやりますか」  裕也は勢いよく右手を振り、明るい音を町に響かせた。
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