20人が本棚に入れています
本棚に追加
/13ページ
「そういえば、裕也って彼女いるの?」
「な、なんだよ、急に」
指慣らしをしていた左手が、音を外した。
それを返事と受け止めたミドリはクスクスと笑った。
「笑うなよ。いいだろ? 別に。俺にはギターがあるし」
適当にメロディーを奏でながら、ミドリの薬指に光る指輪に目をやった。
今の見た目にそぐわない、煌びやかな指輪だ。
あれから随分と経つが、以前から気にはなっていた。
しかしミドリこそ、全くと言っていいほど男の影が見えない。
踏み込んでいいのか否か、迷っていた。
答えを聞けば、この関係が崩れてしまいそうな予感もあった。
「ちょっと、なによそのコード進行。明るかったり暗かったり」
「いいだろ、別に。指慣らしだよ」
「さては裕也、恋してるね?」
「はぁ?」
明らかにリズムが速まった。
ミドリはおかしそうに笑いながら言った。
「ギターとお喋りしてるみたい」
そうだ、と思った。
一緒に居るのは、音楽のためだ。
美しい歌声は、ミドリの楽器でもある。
ギタリストとして、それに惹かれているだけだ──。
「あ、これ?」
ミドリは裕也の視線に気付き、指輪を見つめた。
右手が豪快に弦に引っ掛かり、激しく低い音を立てた。
「あんた、わかりやすいにもほどがあるわね。気になっちゃうの?」
「別に」
「そうなんだ」
「いや」
もはや不快なほどに狂ったリズムと、道行く人が転びそうなコード進行に、ミドリは呆れた顔をして言った。
「ご褒美よ、自分への」
「お、そうなんだ。それはよかった」
指板に目を逸らし、子守唄のような穏やかなメロディーを奏でる裕也を見て、ミドリはやさしい笑みを浮かべた。
最初のコメントを投稿しよう!