Aの音が鳴り響いたら

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「そういえば、裕也って彼女いるの?」 「な、なんだよ、急に」  指慣らしをしていた左手が、音を外した。  それを返事と受け止めたミドリはクスクスと笑った。 「笑うなよ。いいだろ? 別に。俺にはギターがあるし」  適当にメロディーを奏でながら、ミドリの薬指に光る指輪に目をやった。  今の見た目にそぐわない、煌びやかな指輪だ。  あれから随分と経つが、以前から気にはなっていた。  しかしミドリこそ、全くと言っていいほど男の影が見えない。  踏み込んでいいのか否か、迷っていた。  答えを聞けば、この関係が崩れてしまいそうな予感もあった。 「ちょっと、なによそのコード進行。明るかったり暗かったり」 「いいだろ、別に。指慣らしだよ」 「さては裕也、恋してるね?」 「はぁ?」  明らかにリズムが速まった。  ミドリはおかしそうに笑いながら言った。 「ギターとお喋りしてるみたい」  そうだ、と思った。  一緒に居るのは、音楽のためだ。  美しい歌声は、ミドリの楽器でもある。  ギタリストとして、それに惹かれているだけだ──。 「あ、これ?」  ミドリは裕也の視線に気付き、指輪を見つめた。  右手が豪快に弦に引っ掛かり、激しく低い音を立てた。 「あんた、わかりやすいにもほどがあるわね。気になっちゃうの?」 「別に」 「そうなんだ」 「いや」  もはや不快なほどに狂ったリズムと、道行く人が転びそうなコード進行に、ミドリは呆れた顔をして言った。 「ご褒美よ、自分への」 「お、そうなんだ。それはよかった」  指板に目を逸らし、子守唄のような穏やかなメロディーを奏でる裕也を見て、ミドリはやさしい笑みを浮かべた。
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